救える命を救おう~日本移植会議シンポジウムに参加して~  

  一般社団法人「日本移植会議」という団体があります。その2019年に設立された団体の代表理事は東京女子医大名誉教授の小柳仁先生です。小柳先生といえば心臓外科で高名を博した榊原先生の門下生であり、その流れを継いで恐らく日本で一番多くの心臓外科手術を執刀した先生、又心臓カテーテル法を創始した先生としても知られています。(小柳仁著「生と死の現場から問う君たちはどう生きるのか」新潮社)
 筆者は元々宇宙やメディア関連のビジネスに長年携わってきましたので医学は全くの門外漢なのですが、ある時、友人の酒井弘樹氏(元日経ビジネス編集者)から小柳先生をご紹介頂き、先生が立ち上げたこの団体のお手伝いをする「羽目」になりました。
 さて「日本移植会議」ですが、「移植医療を待つ患者を守り、提供者家族への感謝と顕彰のために行動する会」というのが掲げるスローガンです。これは学会ではありません。移植医療は単純な医療行為ではありませんので、「実行率」を上げていくには様々な問題・課題があります。心臓移植1つとっても、一方で1000人にも上る方々が移植を待っている状態なのに、日本で実現する移植は(多くなってきたとはいえ)年に100件程度しかありません。待ちきれない患者さんの中には高額かつ失敗のリスクの高い海外移植に一縷の望みを託す方々もおられ、(海外移植を求めず自国でやるべきという)「イスタンブール宣言(2008年)」もある事から諸外国やWHOから厳しい批判を受けているのが現状です。もちろん、心臓移植以外にも腎臓、肝臓など様々な臓器移植があり、京都アニメーション事件で話題になった皮膚移植のような例もあります。(日本には皮膚のストックがない為に韓国や台湾に皮膚の提供を依頼したと聞いています)
 世界で一番移植医療が進んでいるのがアメリカとスペインです。日本は(他にもこのような例が沢山ありますが)先進国中殆ど最下位で、アメリカの200分の1、韓国の20分の1という実績しかありません。
 1997年に日本で臓器移植法が成立しています。これは患者の意思が書面で確認されていたら臓器移植が出来るという内容。後日、臓器移植法が2010年に改正され、今度は本人の意思確認がなくても家族の同意があれば可能となりました。にも拘わらず、医療先進国を自負する日本でなぜ臓器移植が進まないのか?という疑問が浮かんできます。
 理由は1つではなく日本人の国民性、文化思想的な背景、宗教観、死生観など単純ではありません。まず救急救命の現場で救えない患者の「脳死」が確認されたとします。救急救命の医師のミッションは患者の命を救うことです。これが失敗した結果として「脳死」があります。次々に命の危険のある患者がやってくるので医師たちは次の救命医療に従事しなければなりません。誰が死の悲しみにくれる家族に臓器提供の可能性について話をし、説得するのでしょうか?普通の神経の人間ならば「ところで臓器を頂けますか?」と切り出すことは出来ません。ご家族側もとてもそんなことを考える心境にはないでしょう。又、魂がご遺体に戻ってくるという宗教観を持っているご家族がいたら、臓器を取り出すことには相当な抵抗があるはずです。ここにご家族と向き合い、心のケアをするという大きな関門があります。それは果たして救急救命医の仕事なのかも疑問です。そんな時間があったら次々とやってくる他の患者の救える命を救おうと医師たちは考えて当然です。
 「効率性」を上げなければ臓器提供が進まないという課題の一方で「効率性」とは相矛盾する患者とご家族の心のケアという重いミッションを同時に解決しなければならない点にお気づきと思います。想像するに海外ではこの辺のステップをある程度省略し自動的に臓器提供に進むシステムを作っているのだと思いますが、日本では臓器提供をあくまで患者本人やご家族の意思を尊重し、最後まで「ノーでもイエスでも結構です」としているので「効率性」を追求できないのは明らかです。
 9月30日に聖路加国際大学のホールで「日本移植会議の公開シンポジウム」が持たれ医療従事者だけでなく患者、ドナーの家族、一般人など大勢の方々が参加され、3つのセッションが持たれました。最初に「移植を待つ方、移植を受けた方」の体験談、2番目に「ドナー家族の立場から」として実際にドナーとなった患者のご家族の証言、3番目に「提供の現場から」として正に救急医療の最先端でご活躍の先生方の臓器提供に至るまでの生々しいレポートを拝聴しました。
 悲しみに暮れながらわが子の臓器提供を決断されたご家族、ドナーを待ちながらその間テンポラリーの人工心臓で生活されている患者の話、心臓移植を受けた後人生を謳歌されている方など「移植」に係わる様々なご発言は心に響きました。
 1つ前に進みそうな気配を感じたのは、救急医療の現場で医師に代わって患者やご家族と向き合うカウンセリングのような機能、Mediatorの制度化と育成が議論されているという点です。既にこのカウンセリングに当たる機能をもった病院も出て来ていると伺いました。Mediatorの職種が確立されれば「脳死」の可能性の高い患者のご家族に向き合い臓器提供の可能性についても議論する重要な仕事がこの方々に託されます。更にMediatorのような職種がどこの病院でも普通に存在するような状態になれば先ほど述べた「効率性」がアップするのは間違いありません。
 シンポジウムでのご発言を聞いていたら全ての体験談にはヒューマンドラマがあり、「もっと臓器提供を増やそう」「その為に何が必要か?」などという不謹慎な発言はとても出来るものではありません。しかし、不謹慎の誹りを受けてもこの課題に正面から取り組むのがこの団体の役目ではないか。それは臓器提供を待っている患者の方々が大勢いて、臓器提供が実現しなければその患者の命が救えないからです。だからこそ「救える命を救おう」がこの団体に課されたテーマとなっているのだと思います。
それぞれの患者やご家族の意思を尊重しつつ、少しでも多くの臓器提供を増やす仕組みを追求し、その為には何が解決されねばならないか。上記シンポジウム「3.提供の現場から」の司会を担当した筆者としては出来る限りこの「腫れ物にさわる」如きテーマにチャレンジしていこうと心を新たにしたところです。
木戸英晶(IMAGICA GROUP顧問)

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