開かれた番組アーカイブを目指して ~32年目の改革~

 横浜駅から地下鉄みなとみらい線に乗って、日本大通り駅で降りる。改札口から出口3に向かい、エスカレーターで地上に出ると、駅に直結した横浜情報文化センタービルの1階フロアーに着く。フロアーの脇にあるエレベータに乗って8階で降りると、そこが放送ライブラリーだ。放送が歩んできたそれぞれの時代の、人気番組や優れた番組に出会うことができる。8階の視聴ホールには、60台の視聴ブースがあり、受付で申し込めば、NHKや民放で過去に放送されたテレビやラジオ番組、それにCMを、誰でも無料で、楽しむことができる。言うなれば、放送番組の図書館だ。横浜市民を中心に、年間およそ10万人が利用する文化施設である。

 放送ライブラリーは、NHKと民放各社の協力により1968年に設立された、公益財団法人放送番組センターが運営している。テレビ放送開始30年にあたる1983年頃から、放送関係者を中心に、放送番組の保存と放送ライブラリー開設の必要性を求める動きが活発になり、これを受けて、放送番組センターは、過去の放送番組を収集し、保存する事業に乗り出した。1991年2月には、放送法に基づき、「放送番組を収集し、保管し、公衆に視聴させる」我が国唯一の公的な放送番組のアーカイブに指定され、2000年10月に、横浜にある情報文化センターのビル内に本格的なライブラリー施設を開設した。

 現在、放送ライブラリーで収集、保存されているNHKや民放の過去のテレビ番組はおよそ2万8000本、ラジオ番組が6000本で、このうちテレビ1万9000本、ラジオ5000本がライブラリーで公開されている。放送番組センターは、文化遺産として後世に継承すべき番組を、放送事業者から選択して収集し、番組1本1本について、あらためて権利処理をしてライブラリーで公開してきた。毎年、夥しい数の番組が放送されてきたことを踏まえると、ライブラリーで保存、公開されている番組は、ごく一部に限られるが、その中身は、数々の賞を受賞した番組、高視聴率や視聴者の反響など話題を集めた番組、放送史の記録として認められる番組など、時代を超えて伝えていくべき番組が、ほぼ網羅されている。見ごたえのある、視聴者、聴取者の心を打つ番組が、数多く含まれており、その意味で、放送ライブラリーは、放送番組の宝箱と言っていいだろう。

 一方、インターネットやクラウドなどITを活用した番組視聴が急速に進展している中で、放送番組センターは、番組アーカイブの在り方や役割を改めて明確にすることが求められているとして、2021年度から幅広い視点で事業改革の検討を進めてきた。そして、番組アーカイブの存在感と認知度を高め、番組を通じた社会貢献の充実を目指して、このほど2023年度から2027年度までの5か年の新たな事業方針をまとめた。方針の冊子の表紙には、「より開かれた“全国放送番組アーカイブ”を目指して」とある。「アーカイブの価値最大化」「アクセスポイントの全国拡大」「教育利用の充実と放送文化の理解促進」「戦略的広報への転換」「放送事業への貢献」「財務運営と抜本的基盤整備」の6つの柱で改革に取り組んでいくことが記されている。

 このうち、「アクセスポイントの全国拡大」については、IT技術を活用して、放送ライブラリーの番組を、全国各地の公共施設等でも自由に視聴できるようにする「全国放送番組アーカイブ・ネットワーク(通称、番組アーカイブネット)」の段階的整備を図っていくことが盛り込まれた。放送番組センターではこれまでも、横浜にある放送ライブラリー以外の公共施設での番組利用を限定的に進めてきたが、IT技術を活用して、番組視聴の広がりを一段と加速していくことが狙いだ。放送ライブラリーの番組の中から、「放送史が学べる」「地域振興や地域の課題」「全国の文化」など、ジャンル別に利用可能な番組群をあらかじめ用意し、全国の拠点都市を中心に、10か所程度の図書館を対象にサービスを始めることが、当面の目標となる。市民が手軽に利用できる視聴用のPCを並べた番組視聴コーナーを設けたり、番組上映会を実施したり、図書館側の要望に合わせた様々な番組利用の仕方があるだろう。図書館もあらたな市民サービスを模索していると聞く。眠っているニーズはあるはずだ。

 「教育利用の充実と放送文化の理解促進」では、若者の放送離れが進む中で、教育現場での番組の利活用を、大学から高校や中学に広げていくことが謳われている。大学教育では、すでに大学側の要望を受けて、放送番組センターは、一部クラウドを使用して番組提供を始めている。講義に関連する番組を学生に個別にPCで視聴させたり、大教室での講義で上映したりしている。ここ2、3年、コロナの感染拡大で大学ではオンラインでの在宅授業が広がったが、放送番組センターでは、学生が自宅でも授業関連の番組を視聴できるよう対応し、大学教育での利用実績を積み重ねてきた。

 中学・高校での利用は、放送番組センターが、来年度からの本格運用を前に、2020年度から試験運用を開始している。番組を利用する学校は増えてきており、これまでに11授業で利用されている。現代文や国語総合の授業で「日本名作ドラマこころ」が、美術の授業では彫刻家を取り上げた番組が、修学旅行の事前学習では広島や沖縄などの戦争と平和に関する番組が活用された。国語の教師からは、「今の生徒たちに、文学作品に興味を持たせることは一苦労なだけに、テレビ番組はその助けになる。」との声が寄せられているという。「地元放送局のドキュメンタリーは中学、高校の授業でもっと生かせるのではないか。」という識者からの指摘もある。放送番組センターでは、中学、高校も含めて、年間50授業での番組利用を図っていく方針だ。

 放送番組は権利の固まりである。これを放送以外の目的で活用しようとすると、個々の利用用途ごとに、番組に関係する様々な権利者の承諾を得る、いわゆる権利処理が必要になる。過去の放送番組の活用が図書館や学校現場で進まない理由の一つには、この権利処理の困難さがある。個々の施設が、自前で放送番組を利用しようとすれば、個々の権利者の承諾を一つ一つ得るという手間のかかる作業に加えて、場合によっては、権利者からの高額の費用の請求にも応じなければならない。

 この煩雑な権利処理については、放送番組センターが全て担うことになる。放送ライブラリーにある過去の番組を利用したい図書館や学校は、放送番組センターに利用申請をすれば良いだけだ。放送番組センターでの権利処理には、ある程度の時間はかかるが、それが済めば、番組の利用が可能になる。費用はかからない。ただ、残念ながら、利用する側に、こうした仕組みや手続きが十分に周知されているとは言い難い。周知が行き届き、仕組みの利便性についての認識が広がれば、図書館や学校現場での番組利用が大きく進む可能性を秘めていると言えそうだ。

 横浜の放送ライブラリーは、昨年、来館者がのべ200万人を超えて、確固たる文化事業としての地位を占めるまでになった。放送ライブラリーの収集、保存番組を拡充していく努力は、今後も当然必要だが、一方で、蓄積してきた放送番組という遺産を、さらに広く公開して、いろいろな形で活用していくことは、豊かな放送文化を創造する上で、欠かせないことだ。放送法により、公的な放送番組のアーカイブに指定されてから32年、時代の要請に応えて、視点を全国に広げ、より開かれた放送番組アーカイブを目指すという、放送番組センターの新たな事業方針は、まさに時宜を得たものと言えるだろう。

松舘晃(放送番組センター顧問)

*写真は、長崎県諫早市立諫早図書館の番組視聴コーナー

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