自民党史から分析した岸田政権

 岸田文雄政権の支持率が下がる一方、物価はとめどもなく上がり続け、歯止めがかからない。1ヵ月に3人の閣僚が辞任した。旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との不可解な癒着も根深い。自民党の保守精神のバックボーンにあった公平とか公正、弱者への思いやりなどの精神の変質、劣化が著しい。              

■法の番人と衆院議長
 寺田稔前総務相は、政治資金規正法の担当官庁の責任のトップである。山際大志郎前経済再生相は、旧統一教会と不可解な関係が発覚。葉梨康弘前法相は「法相は死刑の判を推すだけ」という不謹慎発言だ。法相は法秩序の番人ということで、奥野誠亮、後藤田正晴氏など、当選回数の多いベテランが起用されてきたが、いつの間にか軽いポストになっている。     
 三権の長の細田博之衆院議長は、旧統一教会との関係をはじめ、「議長になっても毎月の歳費は100万円しかない」「上場企業の社長は1億円(なのに)」「月給で手取り100万円未満であるような議員を多少増やしたって罰は当たらない」などと言った。驚くべき感覚で、政府と立法府の長がこれでは、政治家への信頼ばかりか、日本の国際的な評価にも影響が出るのではないか。                    
 思い返すと、数年前の安倍晋三政権でも同じような不祥事が続いた。文科、防衛、厚労の3省で文書の隠蔽やデータ隠しや財務省では国税庁長官が辞任し、事務次官がセクハラ疑惑で辞任に追い込まれている。

■善悪、黒白の区別をつける
 政治の世界では、善悪、黒白の区別があいまいになった時は、組織の根腐れが始まった時だといわれる。短い期間に似た不祥事が繰り返されるということは、統治機構のどこかに根本的な問題があるのではないか。                   
 保守政治の本質は、国民の暮らしや安全を守り、よい伝統や手法などを引き継ぎ、倫理的にも正しさを目指すところにあった。時間の無駄だと言われるが、利害を巧みに調整して合意に時間をかけるところにある。時代によって多少変わるだろうが、立憲主義とか民主主義を守ることも保守精神といえるだろう。
 歴史は繰り返すといわれるが岸田政権は、池田勇人元首相が創設した宏池会の系譜なので、何かと池田氏に比べられがちだ。池田氏は前任の岸信介政権が強権的に日米安保条約改定を進め、混乱した責任を取って辞任した後を継いだ。したがって政治の目標に「寛容と忍耐」と「所得倍増」を掲げた。ところが就任3か月も経たないうちに、社会党の浅沼稲次郎委員長が右翼の青年に殺害される事件が起きた。当時は、まだ安保騒動の余韻が残っていて、この事件は政権を揺さぶりかねなかった。池田氏は浅沼氏の追悼演説で、「池田政権ではこのようなテロは絶対に起こさせません」とやった。この演説は戦後の名演説の一つといわれ、ハンカチで涙をぬぐう議員もいて、世論の動揺を防いだといわれる。                  

■よきアドバイザーを持つ
 池田政権の特徴は、政策スタッフを集めたブレーン政治だった。前尾繁三郎、宮澤喜一、黒金泰実、伊東正義、田中六助氏ら論客が毎晩のように飲んで議論している。池田、宮澤氏ともに実家が造り酒屋だったので、いくらでも飲めたという。もう一点は、池田氏は政界、学界、経済界などに直言の士を求めたことだ。石坂泰三経団連会長もその一人で、所得倍増政策が軌道に乗り、世の中がぜいたくで華美に流れてくると、官邸を訪れ「池田が大事か、国民が大事か」と迫ったという。池田氏はこうした忠告をよく聞いて実行に移した。岸田政権は内外多くの難題を抱えており、ブレーン態勢を整えることが急務である。              
 安倍、菅政権は強権的で社会保障、社会福祉、雇用などでも強者の論理を優先した。「桜を見る会」問題では、衆院事務局の調べで118回も虚偽答弁があり、公文書改ざん事件では財務省職員を自殺に追い込んだ。また霞が関に忖度の風潮が一気に広がった。経済政策面でもトリクルダウンと称して大企業が潤えば、一般の人にもしずくがしたたり落ちると説かれたが、これは起こらず失敗だった。日本社会は格差が広がり、貧困層が増大したのも特徴だ。賃金も20年近く増えず、最低賃金は韓国に抜かれた。一方大企業の内部留保は500兆円を超える。       
 安倍氏は法と民主主義を強調するときは、中国や韓国政治を批判するために使っていたが、日ごろやっていいたことは、法やルールを乱し、格差とか強者の論理は、国内の分断を強めたように思える。
岸田氏の強調する「聞く力」「民主主義の危機」「新しい資本主義」「成長と分配」は、安倍政治の負の資産を是正するために活用することではないか。                         
 日本はさまざまな資源、農産物、エネルギー資源などから見てもどこの国とも協調関係がないとやっていけない。またコツコツ働く人が報われる社会を目指すことも欠かせないだろう。民主主義や法の価値を尊重し、穏健で寛容な民主主義を再生するために、岸田政権は、安倍政治なるものを検証しつつ、決別していく勇気が求められる。
栗原 猛(元共同通信社 政治部)

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