慶應義塾大学メディア・コム75周年記念式典

 2022年9月24日、メディア・コミュニケーション研究所(以下メディア・コム)設立75周年の記念式典と記念座談会が、慶應義塾大学三田キャンパスの西校舎ホールで開催された。メディア・コムは、1946年に新聞研究室として始まり、1961年に新聞研究所、1997年にメディア・コムとなり、昨年、設立から75周年を迎えた。

 ただ、新型コロナの感染状況が心配されるとあって、式典ならびに座談会は、1年遅れの挙行となった。当日は、台風の接近もあって、時折強い雨の降るあいにくの天気となったが、会場のホールでは、塾生、教職員、卒業生の綱町三田会の会員が、久々に対面で会することができた。また、会場に来られない参加者のために、式典、座談会のオンライン配信も行われた。

 記念式典は、4年生の2人の研究生の司会で進行した。はじめに、メディア・コムの澤井敦所長が、「メディア・コムは、自ら新聞を作ろうという実践から始まった。先人たちの経験を礎として、メディアを取り巻く新たな状況を見据えながら、さらに研究に専心していきたい。」と式辞を述べた。伊藤公平塾長からは、「今ほど、報道のあり方が問われた時代はないと言われている」としたうえで、メディア・コムのこれまでの努力への感謝と今後への期待をこめた祝いの言葉があった。綱町三田会の瀬下英雄代表幹事は、就活に向けた模擬面接やミニゼミなどの取り組みを紹介した後、「ウクライナでの戦争、未曽有のインフレと、ジャーナリズムの課題が突きつけられる中で、メディア・コムの役割はますます重要になる。」と強調した。

 続く、記念座談会は、「ソーシャルメディア時代のジャーナリスト教育」をテーマに、2時間にわたって行われた。登壇者は、大石裕・慶應義塾大学名誉教授、中島みゆき・毎日新聞記者、能條桃子・NO YOUTH NO JAPAN代表理事、籏智広太・BuzzFeed Japan記者、三浦英之・朝日新聞記者の5人で、司会は、メディア・コムの津田正太郎教授が務めた。

 冒頭、津田教授が「学生からマスメディアに就職して大丈夫か、と不安の声が聞かれるようになった。若年層では新聞、テレビ離れが進んだ。こうしたメディア環境にどう立ち向かっていくのか、議論したい。」と座談会の趣旨を説明した。続いて、各登壇者が自己紹介とあわせて、現状の問題等について述べたが、この中で、大石名誉教授からは「社会において、新聞、ラジオ、テレビは、情報を共有して討議し、まとめていた。ネットメディアはそれができるか。あらたなソーシャルメディアとの間で、次の社会を見据えたジャーナリズム教育を考えなければならない。」と、課題の提起がなされた。

 座談会では、論点の一つとして、「ネットによるジャーナリズム批判」が取り上げられた。津田教授が、「マスメディア批判には2つある。1つは、伝える内容にフィルターをかけるなというもの、その一方で、踏み込みが足りないという批判もあり、こういう難しいメディア環境の中で、どうすべきか。」という問いを、登壇者に投げかけた。

 登壇者からは、マスメディアの客観性、公平、中立の堅持や価値の多様化による社会の分断への危惧、ソーシャルメディア側からのアプローチの必要性等、さまざまな意見や見方が示された。このうち、中島記者は、「何を取材するかというところで、すでに主観が入っており、公正、中立というのは難しい。一方、踏み込みが足りないという批判については、これがデータをきちんと調べていない、あるいは、分析不足といった批判であるならば、向き合っていくべきではないか。」、と指摘した。また、籏智記者からも、「メディア批判は、個別の記事に向くことが多いが、しっかりした報道をすると、応援の声も出てくる。取材手法自体が可視化される状況の中で、たとえばメディアスクラムなどの批判については、受け止めて解決していく部分はある。」と、マスメディア側の努力の必要性に言及した。

 ネットによるメディア批判については、会場からも「マスメディアがおごっていた部分もあると思うが、マスコミ文化そのものに不信を感じている人をどう説得していくか、現場の記者1人1人が説明できなければならない状況にある。」との現場の切実な声が出されたが、これについては、中島記者が「炎上の状況では、議論や説得は難しい。ただ、日常においては、対応していくことが必要だ。たとえば、データを読者と共有して取材を進めたりしている。」と、信頼を得るための日々の取り組みの重要性について、コメントした。

 2つ目の論点は、「求められる情報と必要な情報」というテーマで、とりわけ、ネットのページビューについて、意見が交わされた。登壇者からは、「ページビューに引きずられるのは良くない」「ページビューを稼ぐ記事には傾向があるが、読者は必要なニュースはわかっている」「ページビューは多いほうがいいが、それに議論が収斂してはならない」等の意見が出された一方、籏智記者からは、「記者の側で、読まれる、読まれないは判断していないが、ページビューを取ることは、そんなに簡単なことではない。ページビューを増やすため、日々、どこに出すか、いつ出すか、見出しをどう付けるか、どうすれば読んでもらえるか、工夫しながらやっている。」と、現場実態を踏まえた見解が示された。座談会では、最後に、各登壇者が、今の学生に何を望むかを語って、締めくくった。

 ジャーナリズムの基本や原則は、時代が変わっても、変わることなく、忘れてはならないものだ。一方で、メディアを取り巻く環境は、新聞、ラジオ、テレビの既存メディアに、SNSが加わって、大きなデジタル空間ができ、情報収集のやり方も多様になっている。こうした中で、ジャーナリズムのあり方をどうしていくのか、どうあるべきなのか、75周年の節目を機に、あらためて考えさせられる1日だった。

松舘晃(元NHK記者) 

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