■京大病院は「世界初の治療だ」と胸を張る
今年4月7日、京都大病院(京都市)が新型コロナに感染した女性患者に対し、生体肺移植の手術を施した。京大病院によると、新型コロナ感染で肺の機能を失った患者への生体肺移植は世界で初めてで、記者会見で執刀医は「重篤な肺障害を起こした患者にとって生体肺移植は希望のある治療法だ」と話していた。
女性患者は昨年12月に新型コロナウイルスに感染し、呼吸の機能が低下した。関西地区の病院に入院し、ECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)を使った治療が施され、いったんは回復した。しかしその後、再び肺の状態が悪化。PCR検査は陰性となったものの、左右両方の肺が硬く小さくなってほとんど機能しなくなった。
病院側が女性患者の夫に「肺移植しか救命する方法がない」と告げると、ドナーとなって肺を提供するとの申し出があり、京大病院で夫の左肺の一部と息子の右肺の一部をそれぞれ女性患者に移植することが決まった。
4月5日に女性を京大病院に運び、7日に生体肺移植の手術を行った。手術は11時間もかかったが、無事終了した。
女性患者は肺以外の臓器に問題がなかったことから移植手術ができた。だが、ECMOを長く装着していたために肺が出血しやすく、移植後の止血に数時間を要し、手術に時間がかかった。今後2カ月で退院できる見通しで、3カ月で社会復帰が可能だという。
■手遅れになると、残された道は臓器移植しかなくなる
「新型肺炎」というだけに、新型コロナの感染で気を付けなければならないのが、「サイレントニューモニア(沈黙の肺炎)」と呼ばれる肺炎である。息苦しさなどの自覚症状がないのに肺炎が進行し、気が付いたときには肺細胞の大半がウイルスによって死滅している。胸部にCT(コンピューター断層撮影)をかけてはじめて進行が判明し、突然、重症化したように見える。このことからサイレントや沈黙の異名が付いた。
肺の機能を失うため、救命するには冒頭で書いたように肺移植しかなくなることもある。
基礎疾患のある人や高齢者の感染が分かった場合、医療機関はすぐにCT検査を実施してウイルス性肺炎の有無を診断すべきだ。指にはめるだけで血中の酸素飽和度を測定し、肺が十分に機能しているかどうかを簡単に検査できるパルスオキシメーターは家庭でも使えるので常備したい。
サイレント肺炎以外では、増えたウイルスによって免疫システムが暴走し、体内の正常細胞を攻撃する「サイトカインストーム」と呼ばれる症状にも気を付けるべきだ。細胞間の情報伝達に関係して免疫機能を調整するタンパク質の総称をサイトカインと呼ぶが、肺でウイルスが異常に増えたとき、細胞から放出されるこのサイトカインが悪影響を及ぼして免疫システムを破壊していく。
ウイルスが血管の内皮細胞に侵入して血栓と呼ばれる血のかたまりを作り、その血栓が飛んで細い血管を詰まらせる血栓症や肺血栓塞栓症などの「血管障害」にも注意が必要である。
■「中葉移植」や「ハイブリット肺移植」には問題がある
ところで、2013年7月に岡山大病院(岡山市)で、3歳の男児に母親から摘出した左肺の一部(中葉)を移植する生体肺移植手術が実施されている。手術は成功し、記者会見で執刀医は「生体での中葉移植の成功は世界初で、男児は国内最年少の肺移植患者だ」と話していた。
しかし、私は2013年8月のメッセージ@pen(下記URLクリック)に取り上げ、「過酷な医療だ」と批判した。男児は成長すると、移植された肺の容量が不足し、脳死ドナーが現れるのを待つか、父親の肺の一部(下葉)を移植しなければならない。男児は肺移植を2度も受けなければならず、しかも母親の次は父親から肺を譲り受ける必要も出てくる。
岡山大病院では2015年4月にも、男性患者の左右両方の肺移植で「ハイブリッド肺移植」と呼ばれる手術を行い、「世界で初めて成功した」と発表している。ハイブリッドとは混成物の意味だが、ハイブリッド肺移植は脳死したドナーと健康な生体ドナーの双方から肺の提供を受ける移植手術を指す。脳死と生体を組み合わせた移植である。
男性患者は肺が硬くなり縮んで機能しなくなる特発性間質性肺炎を患っていた。岡山大病院は脳死ドナーから提供された左肺だけでは十分に呼吸できないと判断し、男性患者の息子の右肺下部の下葉も移植した。
岡山大病院は2016年7月には世界2例目のハイブリッド肺移植の手術に成功したと発表していたが、2016年9月のメッセージ@pen(同)で「ハイブリッド肺移植 生体移植の過酷さ自覚したい」との見出しを付け、これも批判した。問題のハイブリット肺移植は昨年、京大病院でも行われている。
■緊急避難の医療が日常的に行われている
そもそも生体からの移植はドナー(臓器提供者)の健康な体を傷付けることになる。生体移植は仕方のない緊急避難の医療なのだ。
冒頭に書いた新型コロナ患者への生体肺移植もそうである。摘出後にドナーの肺は元通りにはならず、肺活量は2割も低下する。肺の一部を摘出されることでドナーのその後の健康に問題が生じないとは言い切れない。新型コロナの感染で重症化する危険性もある。間違いなく、ドナーの夫と子供に負担をかける。
その点、脳死した人をドナーとする脳死移植なら問題はない。新型コロナ患者に対する肺移植は、欧米でも実施され、すべて脳死肺移植だ。なぜ、日本には脳死移植が根付かないのか。
1997年10月に臓器移植法が施行されるまで、脳死者をドナーとすることができず、健康な人から肝臓の一部や片方の腎臓の提供を受ける生体移植が盛んに行われてきたが、法的に脳死移植が認められるようになっても緊急避難であるはずの生体移植が日常的に行われている。日本の脳死ドナーが少ないからだ。
■苛酷さを自覚して脳死ドナーを増やせ
日本臓器移植ネットワークによると、昨年までの5年間の脳死ドナー数は年間75人に過ぎない。今年は新型コロナの感染拡大の影響でさらに少なくなるという。この少ない脳死ドナーに対し、移植を希望して移植ネットに登録している患者(今年4月30日現在)は心臓916人、肺484人、肝臓327人、腎臓13128人と多く、登録しても移植の順番はなかなか回ってこない。
移植大国のアメリカでは毎年1万人の脳死ドナーが出る。2018年にまとめられた人口100万人当たりの世界の脳死ドナー数は、スペインが48とトップクラスで、これにアメリカ(33・32)、フランス(26・84)、イギリス(23・35)が続いている。お隣の韓国は8・66で、日本は0・77と最下位である。
脳死ドナーがそれなりに出る移植先進国では、生体移植など行う必要はない。京大病院も岡山大病院も「世界初」と自慢するが、日本は脳死ドナーが極めて少なく仕方なく生体移植に頼っているわけで、この世界初には意味がない。
生体移植の苛酷さを自覚し、生体ドナーを少しでも減らし、脳死ドナーを増やしていく必要がある。 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)
(1)http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2013_08_003.html
(2)ハイブリッド肺移植 生体移植の苛酷さ自覚したい | Message@pen (message-at-pen.com)