建築家 安藤忠雄氏が寄贈した「こども本の森 中之島」を訪ねる

 新緑が映える大阪・中之島にある子ども向け図書施設「こども本の森 中之島」(大阪市北区)を訪ねた。子どもたちの「本離れ」を憂える建築家、安藤忠雄さん(79)が設計、建設して大阪市に寄贈した。同じようなコンセプトの施設が、神戸市と岩手県遠野市にも建設される。

 「本の森」は大阪都心を流れる堂島川沿いに建つ。京阪中之島線「なにわ橋」を出てすぐ。鉄筋コンクリート造り3階建て、延べ床面積約800平方㍍。川の流れに沿うように弓なりにカーブした外観が、周囲の景観に溶けこんでいる。絵本や童話、児童文学、小説や図鑑、自然科学書、芸術書など様々なジャンルの約1万8千冊を所蔵している。開館前には寄贈本も受け付けていた。本は「自然と遊ぼう」「体を動かす」「動物が好きな人へ」など12のジャンル別に並んでおり、自由に取り出して読める。館内は天井までの吹き抜けを取り囲むようにぐるりと本棚に囲まれている。館内に足を踏み入れると、まさに本の森に紛れ込んだような気持ちにさせられる。階段も“閲覧台”。子どもたちは思い思いの格好で本を開いている。本棚をくり抜いた空間に丸くなって本を読む子も。川に面した閲覧台の利用はもっぱら大人たち。本の貸し出しはしないが、館外に出て川沿いのベンチや公園でも読める。

 一階奥に「休憩室」と呼ぶ、円筒状の薄暗い吹き抜けの空間が設けられていた。高さ14㍍で子ども10人ほどが座れるほどの大きさ。壁には映像作品などが映し出され、子どもたちを空想の森に誘い出す。現在は中止しているが、本の読み聞かせなど様々なイベントも開いている。

 新型コロナ感染症拡大もあって、来館者は事前予約(1回90分)した75人に限定している。入館料は無料。予約がなかなか取れないほど上人気。筆者は、たまたま空いていた時間帯を見つけてネット予約できた。主な利用対象は乳幼児から中学生までとしているが、訪問した日は平日の昼下がりだったので、入館者のほとんどは幼児とママたち。玄関にベギーカーが整然と並んでいた。

 出入口前のエントランスに、子どもが見上げるほど大きな青りんごのオブジェがあり、まず目を引かれる。安藤さんの考案で、同氏が設計した兵庫県立美術館(神戸市中央区)の屋外にも置かれている。安藤さんは「青春とは人生のある期間ではない、心のありようなのだ」と綴った米国の詩人サミュエル・ウルマンの「青春の詩」を引いて、青りんごのねらいを述べている。「身体・知性がいかに年を重ね、成熟しようとも、この内なる若さをさえ失わなければ、人は老いることなく生きられるというのです。目指すは甘く実った赤リンゴではない、未熟で酸っぱくとも明日への希望に満ち溢れた青りんごの精神です」

 「本の森」でもらった利用案内のしおりには、安藤さんがこの施設を設けた思いが寄せられている。「これからの子どもたちには、元気よく自由に世界に向け、羽ばたいてもらいたい。そのためには幼い頃から本を読んで、豊かな感性や想像力を育むことが大切です」と。1月に聴講した安藤さんの講演では、もっと直截に「今の子どもたちの言葉が貧しくなった。本を読まないと人としてのレベルが落ちてしまう」。

 入口を入って直ぐのところに、「山中伸弥さんの本棚」があった。ノーベル生理学・医学賞の受賞者で、京都大学iPS細胞研究所長・教授の山中さんは、同施設の名誉館長でもある。小さい頃読んだ本として、「宇宙英雄ローダン・シリーズ」(K・H・シェール他著)、「地球の科学・大陸は移動する」(竹内均、上田誠也著)、「ショートショートセレクション」(星新一著)など4冊が本棚に。山中教授はしおりに「子どもの頃から本を読むことを通して多くのことを学んできました。読書体験がなければ、医学を志していなかったかもしれません」と記している。

 施設の本の購入費や運営費は企業などの寄付でまかなわれた。安藤さんも大阪の企業に足を運んだという。寄付総額は目標を上回る3億円強にのぼった。

 神戸市、岩手県遠野市の「本の森」も安藤さんが提案し、設計、建設して自治体に寄贈することになっている。「こども本の森 神戸」は阪神・淡路大震災の「慰霊と復興のモニュメント」がある東遊園地の南側に建設される。2階建て、延べ床面積約600平方㍍。来年春オープンの予定だ。遠野市では、東日本大震災の被災地の文化復興拠点として、古民家を安藤さんが改装。今夏、開館する運びだ。安藤さんが提唱する「東北の復興のシンボルは子どもたちの未来である」「子どもたちの未来のためには本・読書が大事ではないか」との思いを形にするのが目的という。すでに約1万7千冊の本を寄贈されたという。

 安藤さんは大阪生まれ、大阪育ち。独学で建築を学んだ。世界各地で活躍、建築界のノーベル賞と言われる「ブリツカー賞」や文化勲章など各種賞を受賞している。この4月には日仏友好に尽くしたとして、フランスで最も権威ある国家勲章「レジオン・ドヌール勲章」を受賞した。

 大阪・中之島は大阪の文化・芸術拠点。「こども本の森」の隣りは、大阪市立東洋陶磁美術館。その西側に、赤レンガで有名な大阪市中央公会堂や大阪府立中之島図書館。残響2秒のフェスティバルホールもある。「こども本の森」の東側にはバラ園が整備されている。5月上旬には310品種、3700株のバラが咲き誇る。また、ついこの間までは、中之島周辺の川岸約7㌔に植樹された3千本の桜が満開だった。有名な「造幣局の通り抜け」と並ぶ「平成の通り抜け」を作って大阪を元気に、と安藤さんが先頭に立って市民から一口=1万円の寄付を募って2010年に実現した。寄付は目標を大きく上回る5億2千万円に達した。安藤さんはこうした社会活動を全国のあちこちで展開してきた。

 四ツ橋筋をはさんだ西側には中之島香雪美術館、大阪市立科学館、国立国際美術館などがある。22年には大阪中之島美術館が開館する。

七尾 隆太(元朝日新聞記者)

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