アムステルダム便り オランダでみたReiwa

慶應義塾大学から昨年8月より1年間、オランダ・アムステルダム大学へ交換留学で派遣されています。
 オランダ人にとっては「当たり前」の国民文化に疑問を投げかけ、その背景を探っていきたいと思います。

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 オランダでは先月27日、Koningsdag(国王誕生日)を迎えた。全土が大晦日を上回る熱気に包まれる、国の一大イベントだ。
朝から小雨が降る中、アムステルダムの中心街に出かけたが、自転車が全く前に進まない。オランダの法律では国王誕生日に限り、無許可・無課税で露店販売を行うことが認められている。いつもの通学路が、オレンジ色をまとった観光客や露天商ですし詰め状態になっていた。
 オレンジ色は、オランダ人にとって王室への敬意と自由の象徴だ。八十年戦争でスペインから独立を勝ち取った総督で、オランダの初代君主・ヴィレム一世は、南仏のオランジュ公国を相続し「オラニエ(オランダ語で「オレンジ」)公」と呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

▼語り継がれる女王のスピーチ

その後も、オランダ王室は国民の精神的支柱であり続けてきた。アムステルダムの「レジスタンス博物館」に、その存在感を如実に示す展示がある。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ軍の占領下に置かれたオランダにおける抵抗運動の歴史を扱ったものだ。
 博物館の中に、戦時中の一般的な家庭の居間を再現した一室がある。中を覗くと、ノイズが入ったラジオ放送の音声が流れていた。
 英国で亡命政府を設立したヴィルヘルミナ女王は当時、ラジオを通してオランダ国民に語りかけた。解説文には、「女王の呼びかけで国民が連帯し、抵抗運動の潮目が変わった」とある。狭く薄暗い部屋の中で女王のスピーチを聞き、王室が草の根運動の推進力となってきた過去が生き生きと感じられた。

▼国王誕生日に、「大衆化」する王室を見た

 オランダでは、1948年のヴィルへルミナ女王以降、3代連続で譲位が行われている。2013年には現国王が即位し、同国で123年ぶりに男性国王が誕生した。
 国王誕生日は噂通りの盛況ぶりだった。しかし、その光景を一歩引いて見れば、そこに「お祝い」のニュアンスはあまり感じられなかった。国王一家の顔出しパネルやお面をかぶった人々があちこちに登場し、国王は「有名人」として扱われているような印象を受けた。
 フリーマーケットでオレンジ色の「国王誕生日グッズ」を売っていた大学生に聞いてみた。あなたにとって国王とはどんな存在ですか?
 「『テレビの中の人』だね。即位の時は盛り上がったけど、それだけだよ。国王誕生日だって、ほとんどの人にとっては飲むための口実にすぎないんだから(just another reason to drink)」。清々しいほどの答えが返ってきた。
 戦争は遠い昔の話となり、「自由と寛容」がこの国の代名詞となった今、王室と国民、また国民同士の結びつきが弱まっていることは確かだ。オランダ憲法には、国王は「国家元首」であると明文化されているが、実際には国民を「見守る」象徴としての色を濃くしつつある。

▼オランダ人には伝わりにくい「時代」の概念

 日本では、時代は令和に突入した。国内の祝賀ムードから距離を置いていると、時代の変わり目を実感しにくい。しかし、新元号発表会見が行われた先月1日は別だった。菅官房長官の登場を待つ首相官邸のライブ配信を観ながら、同じく固唾を呑んで見守っている日本中、世界中の日本人と心で通じ合うような、不思議な感覚に包まれた。
 会見の翌日、街を歩いていると、キオスクに並ぶ新聞の束に目が止まり、思わず足を止めた。一面に「Reiwa」の文字を見つけたからだ。
 朝日新聞でいう『折々のことば』といったところだろうか。オランダ国内で3番目に多い部数を誇るフォルクスクラント紙は先月2日の朝刊一面コラムで、「Reiwa」を『きょうのキーワード』として取り上げた。
 書き出しは次のようなものだ。
 〈オランダの人々は、しばしば「時代の終わり」について語る。「老舗のデパートが閉店した。一つの時代が終わった」というように〉
 天皇や幕府の代替わりと結びついている「時代」は、日本語にしか存在しない言葉であり概念だ。拙訳では便宜上「時代」としているが、正確には「tijdperk(時の範囲)」という言葉が使われている。皇位継承とともに「時代の終わり」が政令として周知される、日本の「一世一元」の原則は、外国人の目には特異に移る。このコラムからも、「時代」の概念を言葉で表そうという苦労が読んで取れる。
 日本の令和元年5月1日は、オランダではただの5月1日だ。それでも、日本人として自分の心の中では新しい時代が始まっている。「令和」という元号も、まさしく日本人の心を日本という国に繫ぎとめることを意味しているのではないだろうか。 
 歴代天皇とともに脈々と受け継がれてきた元号があるからこそ、去りゆく時代に感慨を覚え、来たる時代に希望を抱くことができる。そう考えた時、日本人であることに自然と感謝の念が生まれた。

広瀬航太郎(慶應義塾大学法学部政治学科4年)

※写真は上から

・国王誕生日に賑わうアムステルダム中心街
・国王誕生日には、多くの住民が自前のボートでパーティーを開く
・国王誕生日に賑わうアムステルダム中心街
・アムステルダムのレジスタンス博物館
・フォルクスクラント紙は4月2日付朝刊の1面コラムで「Reiwa」を取り上げた

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