旅の始まり – 2016年・日本 –

「小沢さんは懸命にやっていますよ」と語るのは元大蔵省(現財務省)事務次官。”小沢さん”とは元民主党党首、小沢一郎氏のことだ。この元次官は官僚ながら小沢氏の影のブレーンとして、民主党政権の成立、崩壊までを支えた。その小沢氏が久しぶりに話題となったのは、
先月(2015年12月)15日東京・青山であった会合の席上だった。かって元次官を取材していた
政治・経済担当の記者を含め6人が議論に参加した。
 議論は、先ずその日の直前に決着した消費税軽減税率から始まった。安倍政権が必要財源1兆円の当てがないにもかかわらず、与党公明党の言うがままに税を”まける”という騒動となった。そして、これをみた前大阪市長橋下徹氏は自身のツイッター上で「(自公連立政権は)これで憲法改正のプロセスを完全に踏んだ。来年(2016年)夏の参院選で2/3(議席)を達成すれば、いよいよ憲法改正だ」と発信した。今回の軽減税率騒ぎが、実は安倍政権が悲願とする憲法改正への道を開く事になったとする間髪を入れない指摘は、矢張り並外れた政治勘を持つ橋下氏ならではの”一矢”だった。
 東京・青山の会合に戻ろう。今年夏の参院選に野党はどう臨むのか?一昨年の暮れの衆院選では、特に一人区で野党候補が乱立して票を喰い合い”漁夫の利”を安倍政権にさらわれた。得票数では過半に達していないのに、獲得議席数では安倍政権”独裁”が更に強化された。
 小沢一郎氏は、夏の参院選では特に一人区で野党が統一候補を立てるべきだと説く。その統一旗印は憲法改正阻止と主張する。だが、これに即応したのは日本共産党だけだった。共産党は、天皇制批判のこれまでの立場を”凍結”して今月4日の通常国会に出席、天皇陛下のお言葉を聞くという。又、日本の戦後政治史で初めて本格的な政権交代を果たした小沢一郎氏を”軍師”として、頻繁に意見交換しているともいう。
 一方、野党第一党の民主党の動きは相変わらず鈍い。他の野党との選挙協力も話し合いが進展しているとは言い難い状況だ。”悪魔”とも必要であれば手を結ぶと恐れられた小沢一郎氏が去った後の民主党は、まるで座して死を待つかのようだ。だが、自民党はそうした民主党を前にしても攻撃の手をゆるめない。夏の参院選に衆院選をぶつけるという選挙戦略が水面下で進む。2017年4月に予定する消費税10%への引き上げの後の総選挙では戦いが厳しいという判断から、むしろ早めの衆参同日選挙を視野に入れているようだ。当然、野党の準備が進んでいない事も計算済みだ。
 そして、もし、この夏 衆院と共に参院でも自公が2/3議席を占める結果となると憲法改正は現実のものとなってくる。安倍政権のシナリオではこの秋にも改正案を両院で審議・可決。更に、改正発議まで行きたいとしている。仮に、この手続きが順調に行けば国民投票がこの冬もしくは来春に行われ、過半数の賛成で憲法改正が実現する。
 「小沢さんの影響力は最早やかって程ではないし、野党の結束も難しい」と元次官が締めくくるように呟いて東京・青山の夜の会は終わった。よい旅になるのか、くらい旅になるのか、兎も角 、憲法改正に向けて、旅は始まったようだ。
 ところで、2016年 旅の始まりはもう一つある。財政破綻という不気味な影が日本に落ちはじめている事だ。安倍政権の後押しで日本銀行総裁に就任した黒田東彦氏は2013年春からいわゆるクロダバズーカを開始した。政府が発行する国債のおよそ70%を市場から買い上げ、代わりに巨額の資金を市場に提供する”異次元緩和”だ。安倍首相と黒田氏が信奉する経済理論によればこれでデフレは終わり、景気は良くなってくる筈だった。だが、3年を過ぎてもデフレが終息したとは言えない状況だ。
 これまでクロダ日銀が購入した国債の総額は日本のGDPの80%相当にまで”一気”に積み上がろうとしている。アメリカとEUの中央銀行も景気刺激策として国債を購入したが 、それぞれの国のGDPの30%程度までだ。しかも、アメリカは昨年購入を止めた。
 止まる気配のないクロダバズーカが行き着く先きはどこか?国債の殆どを中央銀行が買い取る事は、太平洋戦争当時の政府が戦費調達のために実行した手段でもある。敗戦と共に巨額の国債はクズとなり国は返済しないで済んだ。
 安倍政権は表向き財政健全化を掲げるが、2016年度予算案はこれまでの最大、そして、軽減税率の財源1兆円は国債発行でという議論が自民党内に横行する。こんな財政膨張がいつまでも続けられる筈がないという不気味さが広がりつつある。一体何が起こるのか?
 イギリスの豪華客船 タイタニック号は1912年4月10日リバプール港から処女航海の旅を始めた。夜の海を何事もなく静かに進む。まさか、その先に突如、巨大な氷山が現れるとは。5日後、旅は暗転した。
陸井 叡(叡Office代表)

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