日中韓3か国による首脳会議が11月1日、ソウルで開催された。歴史認識、尖閣、いわゆる従軍慰安婦などの問題をめぐって、日中、日韓いずれの関係も冷え切ったなか、3年半ぶりの開催となった。その共同宣言は、首脳会議の定例化を確認するとともに、北東アジア情勢や経済協力など5つのテーマ、56項目にわたる合意を盛り込んでいる。メディアの論調は、北東アジア情勢や北朝鮮の核問題、先行き不透明な経済問題を中心に伝えた一方、日中、日韓の関係を展望・解説するものが主流であった。これに異論を挟む余地はない。
とはいえ、国際社会の事象を国家・国際組織と並び、個人や文化の枠組みでも捉える筆者は、4つ目のテーマ「人々の間の信頼及び理解促進」にも着目する。このテーマでは、相互の文化交流の拡大、平昌、東京、北京のオリンピックを通したスポーツ交流、青少年交流などの14項目が盛り込まれている。こうした民間レベルの人的交流が国家レベルの外交とともに、じんわりと2国間関係を形成しているとの認識が次第に定着し、国際社会の総体を示すには欠かすことができなくなっているからにほかならない。
筆者は、2012年9月から2年間、韓国KBSワールドラジオの校閲委員として、ニュース原稿をチェックするとともに、週1回、ラジオ番組「玄界灘に立つ虹」のパーソナリティを担当した。番組では月1回、「見た!韓国の素顔」と名付けたコーナーを設け、日韓文化交流の現場を継続取材し、関係者へのインタビューを交えて、録音構成の番組として放送した。
そこで、本稿では、この「見た!韓国の素顔」で放送した日韓文化交流の一端を紹介し、その意味や可能性、また、文化交流に向き合うジャーナリズムの在りようについて考察する。
今年は、1965年に日本と韓国の国交が正常化して50周年の節目である。両国間の人の往来は、国交正常化当時、年間でさえ1万人規模だったものが、現在では1日1万5000人にまで増え、様々な分野で相互依存関係を深めている。このうち、民間レベルの文化交流については、1998年の日韓パートナーシップ共同宣言、翌年の日韓文化交流会議設立、2002年の日韓国民交流年と日韓ワールドカップ、2005年の日韓友情年などにより、2000年以降急激に活発化した経緯がある。
一方、筆者がソウルに赴任した2012年9月は、李明博前大統領が竹島に上陸したほか、天皇陛下に謝罪を求めた発言をきっかけに、日韓関係がいっきに波立ち始めた直後であった。周知の通り、その後も止まることのない反日と嫌韓の連鎖が続き、日韓関係は悪化の一途をたどった。他方、ソウルでの仕事や暮らしに余裕が生まれると、日韓関係の険悪さとは無縁な市民が街に溢れ、地下鉄やバスでは60台半ばの日本人の私にさえ席を譲ろうとする実直な若者の多いことに気づくことになる。日韓関係を個人や文化という枠組みでも捉える視点を確かめつつ、筆者が「見た!韓国の素顔」の初回放送に向け、日韓文化交流の現場を取材し始めたのは赴任から3か月後のことであった。
「見た!素顔の韓国」の放送は、2013年1月から2014年9月まで総集編2回を含めて21回シリーズとなった。その内容をジャンル別に見てみると、日韓カラオケ大会や童謡コンサート、筝曲教室など、音楽の分野が6回と最も多い。次いで高校生スピーチ大会や日本語教室など言語の分野が3回、韓日文化交流の専門家へのインタビューと人の移動・交流がそれぞれ2回、スポーツ、演劇、自治体交流、食文化などがそれぞれ1回ずつとなっている。
「見た!韓国の素顔」で紹介した日韓文化交流については、大別して2つの特徴を挙げることができる。第1に、交流が多種多様であること。第2に、地道に活動を続ける人々が自らの交流を続ける強い姿勢を持っていることである。そこでは、日韓のメディアが日常伝える日韓関係では決して伝わってこない、韓国社会の有り体の姿が浮かび上がってくる。
この番組取材では、日韓文化交流の多彩さの一方で、共通するものがあった。それは、活動を続け支える人々に対し、「今の日韓関係をどう受け止めるか」との質問を繰り返したことである。日韓関係が冷却するなか、自らの文化交流をどう捉えているのかを問うことで、国際社会での個人や文化の持つ意味や可能性を探りたかったからである。この質問に対しては、政治的・社会的環境としての厳しさを吐露する声が少なからずあった。その一方で、国や政府同士の関係とは明確に一線を画しながら、自らの文化交流の意味と続けることの大切さを訴える声が圧倒的に多く聞かれ、また、強く響いたことを指摘しておきたい。
「見た!韓国の素顔」の取材では、文化交流の意味と可能性を探ろうと、厳しさを増す日韓関係について問い続けた。その問いに、どのような声が実際に返ってきたのかだろうか。
まず、2014年1月に放送した「J-POPコンサート」では、出演した日本の女性アーティストから、「外交や政治は切れても、歌や文化は切れない」との言葉が返ってきた。文化交流の意味や可能性を示す明快な言葉として象徴的であった。また、コンサートを支援した民間団体の幹部も 「音楽というコンテンツは、国同士の垣根を越えるものを作る瞬間がある。政情は関係ない」と語る。このほか、2014年4月の「日本大使館公報文化院 筝曲教室」では、10年以上続いてきた琴の稽古ぶりを紹介したものである。毎月一回東京からソウルを訪れ、韓国の女性たちに琴を教える師匠は、「国と国の摩擦は感じない。10年前と変わらないし、5年前と今もちっとも変わらない・・・(生徒と)気持ちが通じているというのが実際の気持ちです」と述べた。これに対して、生徒が「普通の人の関係は政治とは違う。個人と個人では、考えたことない」と応ずる。2013年12月の「日韓クリスマスチャリティコンサート」で出演した児童の母親は、「日韓関係は難しくなっているが、子どもたちはお互いに近づこうとしている」と話す。「韓・日・中共同制作演劇「祝/言」の舞台」では、演出家が「中国、韓国、日本(という国)を取ったら人だけが残る。その人と人との交流を私は魂の交流と言っている」と明言。主演の韓国人女優が「違う国から集まっても、結局同じ人間・・・、中国、日本、韓国と国で分けても意味がない」と重ねる。2013年9月にソウルで開かれた「韓日交流おまつり」では、ボランティアの活動に焦点をあてて紹介し、800人の募集に韓国の高校・大学生1200人が応募している。そのボランティアを束ねるソウル市の職員が言う。「政治的なことで、一喜一憂する時代ではないと思う。国民同士は、リアルタイムでインターネットやSNSでつながり、親しくなっている」と。このおまつりは、日韓国交50年の今年、11回目を迎えて盛大に開催され、およそ6万人の市民が相互の伝統文化や歌・踊りを楽しんだという。韓国で現在日本語を学ぶ生徒は、年々減少しているものの、高校生を中心に84万人に及ぶ。2013年7月の「高校生日本語スピーチ大会」では、入賞した光州市の男子3年生が仲間から「日本人なんて昔も今も悪いやつばっかりだろ!なんで日本語なんか勉強するのか」と責められたことを明かしながら、「自分の心の中では、日本と韓国が一つになっている。多くの人が片方に偏った考えを捨てられる日が必ず来ると信じている。その日がくれば日本と韓国が仲直りするのは朝飯前でしょう!韓国、日本、がんばれ!」とスピーチを結び、複雑な思いに駆られたことを憶えている。
最後に、日韓文化交流に当時重要な役割を果たしていた日本と韓国の2人の発言を紹介したい。まず、日韓双方が設立した「文化交流会議」の韓国側座長の鄭求宗氏は、「政治的な摩擦とは関係なく、文化交流は進む。もう逆戻りはできない」と語る。これに対し、ソウルの日本公報文化院の院長の道上尚史氏(当時)は、「文化と外交は自転車のペダルのようなもの。政治外交も重要だが、文化交流、青少年交流は続けていくことが大事。何かあったら、止めるのではなく続けていくことが大事」と強調している。言い得て妙というほかない。
総じて、日韓文化交流の最前線では、日韓関係を厳しく受け止めながらも、自らの活動を肯定的に捉える言葉を異口同音に聞くことができた。また、厳しい環境にあっても活動を続けたいとの強い姿勢が滲み出て、文化交流の意味や可能性を再認識する絶好の機会となった。
国際政治の世界では、国際社会の事象を主権国家や国際組織を単位とする枠組みで捉えるのが支配的である。しかし、19世紀後半以降の国際社会は、様々な分野の民間団体・NGOや個人がアクターとして誕生し、国家や政府間の関係に属さない様々な関係が存在している。入江昭ハーバード大学名誉教授がその著「権力政治を超えて」のなかで「文化国際主義」との概念を構築し、現実の国際社会には国家や政府間の関係に属さない様々な関係が存在していることを指摘し、文化交流に「力と可能性」があることを強調している。また、アメリカの国際政治学者、ジョセフ・ナイ氏がハードパワーとしての経済力や軍事力とともに、文化(文学、芸術、娯楽、料理、音楽、映画、テレビ番組、自然景観など)をソフトパワーとして国力の概念に含ませたことにも留意する必要があろう。これをジャーナリズムの立場から見れば、国際社会の真の姿は国家・政府、国際組織に偏った取材では決して見えてこないということにほかならない。
「見た!韓国の素顔」の放送を終えて、すでに1年余り。「外交は切れても文化は切れない」との言葉を反すうしつつ、絶え間ない文化交流が冷却した日韓の国家関係にどのように作用し、変容をもたらすのか、筆者は今も自問し続けている。じんわりとしたはずの、その変容プロセスを追い続けることが日韓関係の「素顔」に迫る手法であると思うからである。
羽太 宣博(元NHK記者)
(「見た!韓国の素顔」は、KBSワールドラジオのHP上の「番組」の一つとしてアーカイブ化され、閲覧可能である。http://world.kbs.co.kr/japanese/)