元首相のコンビが掲げた脱原発の旗が話題を呼んだ割には、あまり盛り上がらない都知事選挙だったが、その結果に目を凝らして見ると、いくつか考えさせられることがあった。そこで、元首相と同じく負け組に回った、宇都宮、田母神、家入の三候補の選挙戦から、自分が感じ取った時代のメッセージを書きとめてみた。
このうち、宇都宮さんの選挙戦を通して考えさせられたのは、今の時代に求められるリベラルとは何かということだった。というのも、今回の候補者の中では宇都宮さんが、リベラルの一翼を担う存在だったと思うからだが、まずは、そもそもリベラルとは何かを考えてみた。
安全保障の分野では、アメリカ一辺倒にならず、中国や韓国をはじめ東アジアの諸国とも仲良くやっていこうというのが、リベラルのイメージだろう。また経済政策では、所得の低い人たちへの配分を増やすことで、貧しい層を引き上げると同時に、それによってマクロの消費を拡大していくといった考え方ではなかろうか。と考えると、これらの政策は確かに、わが国を取り巻く国際的な環境に大きな変化のない時代には、保守に対抗する軸として成り立っていた。
しかし、経済がグローバル化している今、低所得者層への手厚い配分と、グローバル化の中での企業の競争力の維持にどう折り合いをつけるのか、従来からのリベラル派は、答を持ち合わせていない。
また、東アジアの情勢が緊迫の度を増す中で、保守派は、憲法改正や集団的自衛権の容認など具体的な対応策を提言しているが、リベラル派は、何十年も使い古した言葉で平和の大切さを説くだけで、多くの国民が感じている不安に応えようとはしない。若い層から見れば、上から目線のインテリの、お題目としか映らないのではないか。
その対極が田母神さんの獲得した61万8千票で、全国紙の出口調査では、20代の有権者の4人に1人が田母神さんに投票していたと報じられると、日本の右傾化、特に若い世代の右傾化がささやかれた。しかし、背景はそれほど単純ではないだろう。
例えば、雇用環境を見れば、その4割近くは非正規の社員で、正社員との間には、1.5倍から2.5倍の賃金格差があるから、派遣労働者の8割近くは、年収が300万円未満という状況だ。この環境は、次の世代の子供たちにも投影されていて、先日の文科省の発表では、給食費や学用品代などを免除される就学援助を受ける子供は、小・中学生の6.4人に1人にのぼっている。
こんな状況に置かれた子育て世代に、リベラル派は投げかける言葉を持ち得ていない。その一方で政権与党は、派遣労働の制約を緩める方向で法改正に取り組んでいるから、行き場に迷う若い層が増えても不思議ではない。
さらに、多くの国民は、中国の対応は危険水域を超えていると感じているし、韓国の現政権の対日政策にも疑問を感じているだろう。となると、日本人が右傾化したというよりも、中国と韓国の姿勢が大きく左側に動く中で、遥か右側にいた田母神さんが、中央のあたりまで引っ張り出されてきたということではなかろうか。
そんな中、独自の戦いの感のあった家入さんは、IT企業の経営者なので、初めのうち自分は、ネット選挙のコンサルとしての市場開拓が狙いだろうかと、色眼鏡で見ていた。しかし、ツイッターやブログに書き込まれた内容はいたって真面目で、「政治との間にある断絶を埋めたい」とか「選挙に出れば批判されるのはわかっているが、それを怖れて何もしないでいいのか」といった言葉は、23年間に僕が初めて、高知県の知事選挙に出馬した時の思いと重なり合うものがあった。
「生きづらい人のための居場所づくり」などやりたいことも明確で、それに向けた戦略と戦術も用意されていた。勝手な買いかぶりかもしれないが、新しいリベラルの芽は、こうしたところに宿っているのではないかと感じさせられた。
そんな都知事選挙を勝ち抜いた、舛添さんにとっての最大の勝因は、アベノミクスの預金残高の高さだったろう。というのも、アベノミクスの恩恵はいまだに、大企業や富裕層にとどまってはいるが、多くの国民が、明るさと期待感を感じているのは確かで、それが高い支持率という預金残高につながっている。
経済が良ければ、政治的課題はさしたる争点にはならないので、元首相コンビが掲げた旗に風が吹かなかったのも、それが最大の要因だったと思うのだ。
となると、次の国政選挙は、2016年夏の参議院議員選挙で、その年の暮れに任期切れを迎える衆議院との同日選挙だろうし、その次は2019年夏の参議院選挙なので、一年後にオリンピックの開催を控える中で、再びダブル選挙でとなりかねない。
つまり、今回の都知事選挙で、脱原発の風を吹かさなかったという都民の判断は、オリンピックまではこのままでもいいかという漠然たる民意を、政権側に感じ取らせた可能性がある。
その流れが変わるきっかけの一つは、アベノミクスの三本目の矢、成長戦略が的をはずれて預金残高が大幅に目減りをした時だし、もう一つは、移りゆく国際環境とも整合性を保てる、安全保障と経済の政策を持った新しいリベラルが台頭した時だ。
家入さんには、そこまでのカリスマ性は感じられないので、その担い手は、我々にはまだ見えてはいない。しかし、2007年のオバマがそうであったように、どこに、その萌芽があるかはわからない。また、それがなければ、しかるべき敵を失ったわが国の保守は、東京オリンピックに向けて、世界の異端になっていくかもしれない。
そんな、危険な夢を思い描かせた都知事選挙だった。
橋本 大二郎(慶應義塾大学特別招聘教授・元高知県知事)
東京都知事選挙から見えたこと