読売新聞大阪本社と大阪府の包括提携への疑問

 年の瀬の昨12月28日、読売新聞(大阪本社版)の朝刊第2社会面の記事にくぎ付けになった。読売新聞大阪本社が大阪府と包括連携協定を結んだとの内容だ。吉村洋文・大阪府知事と柴田岳・読売新聞大阪本社社長が並んだ写真が添えられている。ジャーナリズムの役割の一丁目一番地は「権力の監視」ではなかったのか。公権力と報道機関が協定を結んだことに強い違和感を覚えた。
 12月27日付の協定書によると、連携事項は①教育・人材育成、②情報発信、③安全・安心、④子ども・福祉、⑤地域活性化、⑥産業振興・雇用、⑦健康、⑧環境に関する8分野。「府民サービスの向上及び府域の成長・発展を図ること」を目的としている。9項目目に「その他本協定の目的に沿うこと」とあるので、内容は「何でもあり」とも読める。期間は1年間。
 同記事では、具体的内容として▽府内の小中学校でのSDGs(持続可能な開発目標)学習に記者経験者を派遣▽「読む・書く・話す」力を伸ばす府主催セミナーに協力▽児童福祉施設へ「読売KODOMO新聞」を寄贈――などを挙げている。
しかし、何も改まって協定を結ばなくても普段の報道を通して、地域活性化の後押しはできるだろう。報道のほかにも、各メディアは展覧会・博覧会、シンポジウム・フォーラム、講演会などの開催に際して自治体の後援、協賛を得るなど個別に協力関係を築いてきた。
協定を結んだことで、報道の中立性が担保されるかが何よりの疑問だ。読売側は「協定の中に報道機関としての取材活動や報道に一切制限が生じないと明記してある」と強調しているが、“忖度”は生まないだろうか。
 元共同通信社長、原寿雄氏(故人)は著書『ジャーナリズムの可能性』(岩波新書)の中で、ジャーナリズムと権力との関係について次のように述べている。少し長くなるが引用しよう。
「権力とジャーナリズムが距離をおくのは、自由ジャーナリズムの鉄則となってきた。とくにアメリカでは、ジャーナリズムの役割を『権力監視のウォッチ・ドッグ(watch dog)番犬』と規定し、権力との結びつきを最大の禁忌としている。米新聞界の新聞倫理綱領のモデルとして75年に作られたAP通信社編集局長会議の倫理綱領は、95年に改定された前文に『新聞は読者の代理人として、彼らの正当な公益を守る不寝のウォッチ・ドッグとなる特別の責任を持つ』と書いている」
読売新聞社も加盟している日本新聞協会の「新聞倫理綱領」(2000年6月21日制定)にも、「国民の『知る権利』は民主主義社会をささえる普遍の原理である。この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。新聞はそれにもっともふさわしい担い手でありたい」とうたっている。また、「新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないように自戒しなければならない」としている。なお、この新聞倫理綱領は、原氏によれば、当時新聞協会長だった渡辺恒雄・読売新聞代表取締役主筆の要請で改定したもので、新聞社の会合で、この綱領が「世界の新聞界にとっても模範になるものだと誇れる」と述べたという。公権力の影響を受けていると思われないよう行動するのが綱領の精神だろう。
今回の提携が発表されるとただちに、全国のジャーナリスト、学者、作家などの有識者らから抗議の声が相次いで上がった。
 ジャーナリストの大谷昭宏氏の批判は痛烈である。「本来、権力を監視するのがメディアの役割なのに、行政と手を結ぶとは、とんでもない話です。大阪読売はこれ以上落ちようがないところまで落ちた。もう『新聞』とか『全国紙』と名乗るのはやめてはっきりと『大阪府の広報紙』と言った方がいい。そこまで自分たちを貶めるんだったら、もはや大阪読売はジャーナリズムの範疇には置けませんよ」(週刊誌WEB版「Smart FLASH」1月6日)。大谷氏は元大阪読売記者で、プロ野球読売巨人のファンでもある。「行政機関と提携するとは、ジャーナリズムとしてあり得ない。そこまでジャーナリズムの誇りを打ち捨ててしまうのか。OBの一人として哀れというしかないですね」
 ジャーナリストでNPO法人「InFact」代表理事・編集長、立岩陽一郎氏は提携発表の当日、大阪府庁で行われた記者会見に出席、ヤフーニュース(12月28日)に質疑を含めて詳しくレポート、「この動きによって日本のジャーナリズム全体が信用を失うかもしれない」と書いた。
 また、全国のジャーナリスト、学者、作家など有識者らは「ジャーナリスト有志の会一同」との名称で、協定締結の速やかな解消を求める抗議文を発表した(12月27日付)。抗議文は約1890字に及び、「報道機関が公権力と領域・分野を横断して『包括的』な協力関係を結ぶのは極めて異常な事態であるだけでなく、取材される側の権力と取材する側の報道機関の『一体化』は知る権利を歪め、民主主義を危うくする行為に他ならない」と述べている。有志の会は同日から抗議署名を始めており、31日までに5千人余りの賛同を得ている。
 新聞業界は発行部数の減少に歯止めがかからず苦しんでいる。日本新聞協会によると、加盟113日刊紙の2021年(10月現在)の総発行部数は3302万7135部で前年に比べ206万4809部、5・9%の減少となった。1997年の5376万部をピークに20数年にわたって低落傾向が続いている。都市部の落ち込みが激しく、昨年の減少幅は大阪が8・0%と東京の7・3%減を上回った。近畿圏全体でも6・5%減った。今回の大阪読売の動きもこうした経営環境の厳しさが背景になったとみられる。
 大阪府が取り組む当面の最大事業は25年開催の大阪・関西万博である。会場の夢洲には隣接してカジノを含む統合型リゾート(IR)を誘致、整備しようとしている。このIR計画については収益・経済波及効果、ギャンブル依存症への懸念などの観点から住民の間に賛否がある。読売は社説で、「人類共通の課題を国際社会と共に考える万博の理念は、ギャンブルとは相容れない」(2017年4月13日)、「ギャンブルに入れ込んだ顧客の散財に期待するような成長戦略は健全とは言えない」(2018年2月27日)、「自治体はカジノの負の側面も直視し、慎重に検討すべきだ」(同7月22日)など批判的な主張を繰り返してきた。協定により、こうした論調が変わることはないだろうか。
 国際取材も豊かな立岩陽一郎氏は、『ジャーナリズムと権力との距離が世界的に問われている。今年(注・21年)のノーベル平和賞の受賞者の2人が何れもジャーナリストだったことはその象徴だ。こうしたなかで日本を代表する新聞社が、監視対象である巨大行政機関と提携するという動きは、世界から見ればジャーナリズムの自殺にも等しい行為に見えはしないか?』と述べている。こうした連携が全国に波及することはないのか、ジャーナリズムは見過ごすわけにはいかない。 
七尾 隆太(元朝日新聞記者)

Authors

*

Top