日韓経済対立は長期・泥沼化してしまうの?

■日韓経済対立は今

 日本が韓国向け半導体素材の輸出管理を強化して1年となった。この間、強く反発する韓国は対抗措置を相次いで打ち出している。日本の措置は国際ルールに反するとして、WTO・世界貿易機関に提訴した。加えて、GSOMIA・日韓軍事情報保護協定の破棄も辞さない姿勢を見せ、北東アジアの安全保障体制も揺るぎ始めている。日米韓の連携を重視するアメリカが乗り出し、強気の韓国もいったんは動きを止め、対話姿勢に転じたのは去年11月だった。しかし、交渉は難航し、6月初めに韓国はWTOへの提訴手続きを再開した。1審にあたる紛争処理小委員会(パネル)が設置されたのは7月29日のことである。

 今回の経済対立で見逃せないのは、日本への韓国の強い対抗姿勢であり、日韓双方の経済的ダメージであろう。日本による輸出規制の強化を受け、韓国では「NO JAPAN」と名付けた、日本製品の不買運動が拡散し、今も続いている。その影響は自動車、ビール、タバコ、酒、アパレルなど多様な日本製品に及ぶ。一部の業種で売り上げが回復しつつあるとはいえ、日産自動車、オリンパス、デサント、GUなどが韓国から撤退する事態となった。韓国経済への影響も否めない。ムン・ジェイン大統領は、日本からの輸出が規制されても「生産への支障はこれまで1件もない」と豪語する。また、規制対象の素材の国産化や輸入先の多角化を図る、自らの対抗策を称賛する。その一方、韓国貿易協会によれば、輸入上位100品目のうち34品目は日本製の割合が高まるなど、日本依存に変わりないという。2019年度の韓国の対日貿易赤字額は191億6000万ドルあまりで、5年連続して国別1位だ。また、日本産以外の低純度の素材を活用すると、生産する半導体の不良品が増え、コストが高まる懸念があるという。こうした現実とムン大統領の発言とのギャップに、決して怯まないムン大統領の対日強硬姿勢が鮮明になってくる。

■日韓を取り巻く環境と立場

 日韓の経済対立は今、最悪の環境にある。コロナ禍による世界経済の低迷が日韓の経済にも暗い影を落としているからだ。新型コロナウイルスの世界の感染者数は1700万人、死者数は67万人を超え、収束する気配は見えない。感染者数、死者数ともに世界最多のアメリカでは、4月から6月までのGDPが年率換算で前の3か月と比べて-32.9%の大幅な落ち込みとなった。統計を取り始めた1947年以降最悪という。EUで-40.3%、日本は-23%以上と予測され、低迷する世界経済のV字回復は到底期待できそうにない。

 この厳しい環境にあっても、日韓はともに引かず、主張を変えていない。日本の立場はこうだ。韓国向け輸出規制の強化は、軍事転用も可能な一部の半導体素材を対象に安全保障上の観点から制度の運用を見直したもので、輸出規制ではないと主張する。WTOルールでは、安全保障に関わる輸出管理は例外として認められているからだ。韓国の立場は、日本の措置は徴用工問題に対する報復であり、「政治的動機に基づく貿易制限」だと反発する。また、貿易上の優遇国、ホワイト国(今はグループAと改称)から韓国を除外したのは、これまでの日韓の貿易関係やサプライチェーンを一方的に損なうものであり、違法だと主張している。

 日本に対する韓国側の強硬姿勢の背景には、一体何があるのだろうか。ムン大統領は、昨年8月、日本の輸出管理の強化に対して、「日本には二度と負けない」と強調した。また、7月9日には「(輸出管理の強化による)危機を機会と捉え、世界の最先端素材・部品・装備大国へと飛躍する」との政策を発表し、「われわれは日本とは違う道を歩む」とも述べている。こうした発言の背景には、ムン大統領が就任以来繰り返して表明する、「日本の植民地支配は違法」との「歴史認識」に根差す対日観が見て取れよう。韓国が決して妥協しない歴史認識である。日本の措置を「徴用工問題に対する報復」と位置付ける主張はその象徴と言ってよい。

龍山駅前の徴用工像

■WTO紛争処理と厳しい現実

  輸出管理をめぐる日韓経済対立は、2国間交渉からWTOのパネルという、国際舞台に移った。そのWTOの紛争処理はきわめて特殊な点に留意しなければならない。対立する国の一方が提訴すると、すべての加盟国が反対しない限り、1審にあたるパネルが設置される。その結果を不服とする国は最終審にあたる上級委員会に上訴できる。その判断に従わない場合、相手国は報復措置も取りうる。また、WTOの判定は、どちらか一方の国が「正しい」と判断することなく、争点ごとに各国の主張の妥当性を検討することになっている。こうした特殊な仕組みから、WTOの紛争処理では双方が「勝訴」と主張し合うことも起こりうる。

 2019年9月、WTOの上級委員会は、韓国による日本製産業用バルブへの反ダンピング課税について、協定に違反すると判断した。パネルに続いて韓国に課税措置の是正を求めた点で、日本側の勝訴と言ってよかろう。ところが、韓国側は13のうち10の争点で韓国側の主張が認められた」と主張し、是正を求められたことには一切触れていない。WTOの紛争処理の現実と問題点が伺えよう。

 2019年4月には、東京電力福島第1原発事故による放射能汚染をめぐって、韓国が福島など8県からの水産物輸入を禁止している問題で、日本が逆転敗訴している。日本の提訴で設置されたパネルは、韓国の措置を不当と判断したが、韓国が上訴したものである。上級委員会の判断はパネルが食品中に含まれる放射性物質の基準だけに焦点を当て、将来的な汚染に関わる海洋環境を考慮しなかったのは誤りだったとしている。これによって、上級委員会は「韓国の禁輸措置は不当」とした1審判断を破棄したもので、韓国は今なお輸入禁止措置を実施し続けている。

 日本による輸出管理の強化の問題に立ち返ると、韓国は「ホワイト国」からの除外はWTOの最恵国待遇のルールに反するとも主張する。しかし、日本の輸出管理上、韓国よりも手続きの厳しい国が多数あり、不当な貿易規制とするのは無理がある。韓国はパネルで負けても上訴するであろう。その上級委員会はアメリカが委員の選出を拒み、機能不全の寸前だ。韓国が上訴しても決着は当面期待できず、日韓対立は長期・泥沼化してしまうとの見方が強い。

■日韓経済対立の行方

 8月の韓国は、日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節(15日)」や慰安婦を称える「慰安婦の日(14日)」を迎える。そのあいさつや演説で、歴代の大統領は何よりも35年に及ぶ日本の植民地時代を振り返り、対日強硬姿勢を示しながら国民を鼓舞してきた。コロナ禍で迎える今年の行事や集会で、ムン大統領はどんな演説を行うのだろうか。4日には、韓国が日本による輸出管理の強化の元とする徴用工問題で、大きな転換点を迎える。韓国のテグ地方裁判所ポハン支部が徴用工をめぐる最高裁判決に基づき、日本企業の資産を差押えたことを通知する公示送達の手続きを進めた。その期限の4日以降、資産の現金化が可能となるからだ。現金化がすぐに実行されるとは思えないが、日本としては、現金化の実行は深刻な事態を招くと警告し、韓国製品への関税強化や部品・素材の輸出規制など様々な対抗措置を検討しているという。8月以降、韓国発の情報は目が離せなくなる。

 昨今、日韓の対立は国際舞台で顕著になっている。まず、WTOの事務局長選挙だ。韓国のユ・ミョンヒ通商交渉本部長が立候補し、選挙戦はすでに始まっている。ユ氏は日本の輸出管理の強化に反発し、WTOへの提訴を主導した高官で、日本の立場は複雑である。世界文化遺産の一つ、長崎の軍艦島をめぐる動きもある。韓国にとって、軍艦島は徴用工が強制的に働かされたとする炭鉱だ。その資料を展示する「産業遺産情報センター」が東京に新設されたが、韓国はその展示に「事実の歪曲」があると主張し、ユネスコに世界遺産の登録の取り消しを求める書簡を送っている。トランプ大統領が突然に打ち出した拡大G7の論議もある。アメリカで9月に開催予定のG7に韓国を含む4ないし5か国を加えるというものだ。ムン大統領は正式メンバーへの招待との認識を示し、「喜んで応じる」と即答している。現状の枠組みを維持したいとする日本の姿勢に、韓国大統領府が噛みつき、「日本の破廉恥さの水準は全世界で最上位レベル」などと激怒しているという。G7の正式メンバーになるには、すべての参加国の同意が必要であり、何よりもメンバーとしての資質が問われよう。日韓経済対立の舞台となるWTOについても、科学的なデータや証拠に基づく主張が必ずしも支持を得るという保証はどこにもない。各国の思惑と国益が織りなす権謀術数の渦巻く国際社会にあって、対立と論争で問われるのは、法の支配、民主主義、平和、人権という、価値観を共有する国々と市民に自らの主張を説き、支持を集めることに尽きる。

 韓国では今、慰安婦支援団体の不正経理問題、人権派弁護士として知られたソウル市のパク・ウォンスン市長が秘書へのセクハラ疑惑で自殺したとされる問題など、進歩系与党に深く関わる不祥事が相次いでいる。ムン大統領の支持率は一時の71%から45%にまでに落ち込んでいる。韓国の対日強硬姿勢が自ずと際立つ8月、ムン大統領は日本に何を語りかけるのだろうか。

羽太 宣博(元NHK記者)

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