ビリッビリッと綻ぶ南北関係、そして日本

 幸・不幸を問わず、忘れてならない日は多い。韓国・北朝鮮にとって、6月25日はその一つだ。朝鮮戦争が始まった日である。今年は70周年の節目となった。3年に及ぶ戦禍の犠牲者は民間人を含めおよそ300万人、南北に離散した家族は1000万人に迫る。その苦悩は今なお続いている。今年は、北朝鮮が16日、南北融和の象徴、ケソンの「南北共同連絡事務所」を爆破し、南北の緊張と不信感が高まったなかで迎えることとなった。双方がこの異例な「開戦日」をどう迎えるのかが注目された。

 25日の夜、韓国ではソウル近郊の軍用空港で式典が開かれた。演説したムン・ジェイン大統領は、朝鮮戦争が70年たった今なお休戦状態のままであることを踏まえ、北朝鮮に対して「悲しい戦争を終わらせるため、大胆に乗り出すことを望む」と呼びかけた。また、北朝鮮が韓国に対して繰り返す挑発・威嚇には一切触れず、「仲の良い隣人となることを願う」と対話と協力を強調した。一方、北朝鮮は、この日を「反米闘争の日」と位置づけているものの、2年前に実現した初の米朝首脳会談以降、アメリカへの対決姿勢を抑えてきた経緯がある。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、25日付け1面の社説で、「わが国を抹殺しようという敵の野望は決して変わらない」と国民に結束を求めたが、核・ミサイル開発への言及やアメリカ・韓国を威嚇するような表現はなかったという。南北融和を是とするムン大統領が北朝鮮を徒に刺激しないよう配慮するのは理解ができる。とはいえ、南北共同事務所の爆破以降も、韓国を威嚇し続けてきた北朝鮮が対韓強硬姿勢を一転取り下げたのはなぜなのかが気にかかる。

 挑発・威嚇で緊張を高め、対話・交渉で相手の譲歩を引き出す瀬戸際外交は、北朝鮮の戦略の一つである。また、昨日今日に始まったものでもない。6月に入って顕著となった対韓強硬策もその一つだ。その発端は、5月31日、韓国の脱北者団体が北朝鮮側に風船を飛ばし、キム・ジョンウン委員長を批判するビラを散布したことにある。以降、南北による応酬が続いていく。その動きを追ってみると、北朝鮮の狙いが浮かび上がってくる。

【6月中の南北の動き】

4日 :キム・ジョンウン委員長の妹、ヨジョン第一副部長がビラ散布問題で談話を発表

▼脱北者を「クズ」と呼び、韓国政府に「ビラ散布を阻止する法律」の作成を要求

▼「ケソン工業団地の完全撤去」「共同連絡事務所の閉鎖」「軍事合意の破棄」を示唆

9日 :北朝鮮が南北間のすべての通信連絡線を完全遮断

12日 :北朝鮮外相「2018年米朝首脳会談で高まった関係改善の希望は絶望に」と主張

13日 :ヨジョン氏が韓国政府の対応に不満を示す談話を発表

▼南北共同連絡事務所の撤去と韓国側に対する武力行使を示唆

▼キム委員長と党、国から付与された権限にのっとって指示

▼「次の対敵行動の行使権を軍総参謀部に与える」と発表

15日 :ムン大統領が2000年の南北共同宣言の記念式典で祝辞

▼「北朝鮮にも対話の窓を閉ざさないことを要請する」と発言

16日 :北朝鮮がケソンの南北共同連絡事務所ビルを爆破

17日 :ヨジョン氏が談話を発表、15日のムン大統領祝辞を「胸がむかつく」などと非難

:北朝鮮は非武装地帯内の監視所を再び設置表明し、軍事合意を事実上破棄

:ムン大統領は「度が過ぎている」「非常に失望している」と発言

21日 :北朝鮮は2018年「板門店宣言」に基づき撤去した拡声器の設置作業に着手

板門店の駅案内
板門店

23日 :労働新聞はキム委員長が対韓軍事行動計画の保留を指示と報道(24日付け)

 6月以降の南北の北朝鮮の対韓強硬策は、その内容や規模などを判断して、単にビラ散布に対する報復ではなかろう。また、その執拗な対応からは、追い詰められたともいうべき北朝鮮の現状が見えてくる。ハノイでの米朝首脳会談(2019年2月)が決裂して以降、北朝鮮が非核化交渉でみるべき成果をえられず、米朝の仲介役を自任する韓国への不満や不信感を強めていること。国連による制裁に加え、コロナ禍に伴う中国との物流の停滞によって、北朝鮮経済が深刻さを増していることも色濃く滲み出てくる。そして、何よりもこの春以降、健康不安説が取りざたされてきたキム・ジョンウン委員長が表に出ることなく、一連の動きの背後に退いている。また、ヨジョン氏が発表、指示するという、北朝鮮内の権力構図ではこれまで見られなかったことも見逃せない。とりわけ、ヨジョン氏の権限が「キム委員長と党、国から付与されたもの」との表現に注目しなければならない。キム委員長の健康不安説とともに、ヨジョン氏が事実上のナンバー2に昇格し、後継者になったとの情報も現実味を帯びてくる。

 南北関係は、ムン政権の発足以降、パンムンジョム宣言(2018年4月)とピョンヤン共同宣言(2018年9月)によって、一時的には対話と協調の時代に入ったように見えたこともある。しかし、北朝鮮が核開発を放棄しないまま、米朝交渉は暗礁に乗り上げ、朝鮮戦争の「終戦宣言」さえできずにいる。北朝鮮が6月に入って打ち出した対韓強硬政策で、2018年以降の南北間の合意は危機に瀕していると言ってよい。他方、ムン大統領は、ビリッビリッと綻ぶ南北関係にあっても、対話と協調の姿勢を維持し続けようとしている。

 韓国メディアは、この拗れた複雑な南北関係の現実をどのように伝えているのだろうか。関心の高いニュースだけに、各メディアは連日大きく伝え、社説・コラムでも繰り返し取り上げている。北朝鮮が9日に南北の通信線を完全に遮断して以降、進歩系のハンギョレ新聞を除き、各紙とも北朝鮮の行動を厳しく批判する。また、ムン政権に対しては、3年におよぶ一方的な対北融和政策に疑問を投げかけ、見直すよう求めている。この論調は、16日の南北共同連絡事務所の爆破によってさらに高まる。爆破翌日の17日、東亜日報は「南北関係の最小限の善意まで踏みにじった北の南北事務所爆破蛮行」と題する社説で、「武力挑発の終わりは厳しい孤立と自滅につながる体制危機だけであることを正恩(ジョンウン)氏は肝に銘じなければならない」と説く。また、中央日報も17日付けの社説「南北関係の改善の象徴を爆破した北朝鮮…」で、「北朝鮮が国際制裁とコロナ事態による経済危機を克服するには、挑発でなく非核化の対話テーブルが優先だという点を自ら認識することを願う」と論じている。さらに、翌日の社説「北朝鮮の軍事合意破棄、堂々と対抗を」では、「平和を脅かせば、対北朝鮮支援と米朝関係正常化に向けた扉は閉じられるしかない。…繁栄は平和を基盤とする」と北朝鮮に警告を発している。

 南北関係を不安定にさせた原因の一つは、中央日報の社説によるまでもなく、新型コロナウイルスである。6月末、世界の感染者数は1000万人、死者数は50万人を超えた。コロナ禍で世界経済が停滞・縮小するなか、世界では今、市民生活、経済・政治、国際関係の在り方などに変革の波が押し寄せている。

 北東アジアも例外ではない。非核化と国連制裁の緩和、そして民族の統一をめぐってぶつかり合う南北、大統領選挙を控えて非核化交渉が座礁したままの米朝、貿易紛争に加え香港・台湾問題でも対立を深める米中、米軍の駐留経費をめぐって交渉が難航する米韓、歴史認識問題に加え、日本の輸出管理の強化をめぐる韓国のWTO提訴、長崎・軍艦島の世界遺産登録取り消しを求めるユネスコへの書簡などで対立し続ける日韓。どれも先行き不透明なこと、この上ない。そして、不安は新型コロナウイルスのように広がっていく。韓国国民の募る不安は、ムン大統領の支持率に如実に表れている。その支持率は26日の世論調査で52%と4週連続して下落した。与党が圧勝し、歓喜に沸いた総選挙直後の71%からわずか2か月足らずで20%近くも落ち込んだことになる。文字通り、一寸先は闇ということだ。

 北東アジアは今、不確実な時代に突入した。どの国も国益ばかりを優先する自国中心主義が蔓延っているように思う。だからこそ、自由と民主主義、法の支配、そして国際益という、パラダイムをしっかり掲げなければならない。それは北東アジアにおける日本の、そして確実な報道に徹すべきメディアの役割でもある。羽太 宣博(元NHK記者)

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