コロナ禍で変わる世界、どうなる日韓 

  • コロナ禍とムン大統領演説

 新型コロナウイルスの感染は、今も世界で拡大している。その勢いはやや衰えたかに見えるが、感染者数はすでに600万人を超え、死者数は37万人に迫る。その渦中の5月10日、韓国のムン・ジェイン大統領が就任から3年の演説を行った。ムン大統領は、爆発的感染を抑え込んだ韓国独自のコロナ対策、「K防疫」の成果を称賛し、「我々が見習いたかった国々が我々を見習い始めた。我々が標準となり、我々が世界になった」と述べ、国民を鼓舞した。韓国のコロナ対策は数字的に見れば評価されよう。とはいえ、政治・経済であれ、社会・文化的背景であれ、世界の国々は異なる国情を持つ。韓国で「K防疫」が成果を上げたとしても、個人の権利やプライバシーを損ねる社会システムが活用されたことを考慮すれば、無条件に世界の標準になるかどうかは疑わしい。

 今の韓国にとって、「K防疫」の成果以上に重要なのは、悪化する一方の経済危機への対応である。ムン大統領は10日の演説で、雇用問題と企業支援を柱とした当面の経済対策として、GDPの10%を超える245兆ウォン(約21兆円)を企業支援と雇用対策に投入したことを明らかにした。また、経済を回復させる方策として、システム半導体や未来型自動車といった新たな成長産業を育成すること、海外からの投資を誘致し、韓国を「先端産業の世界工場」とすることを強調している。そして、雇用の創出を目的に、「韓国版ニューディール」と名付けたプロジェクトを推進するという、国家ビジョンを示したことに留意する必要がある。

  • 韓国版ニューディールのねらい

 ニューディールは、1930年代の世界恐慌時代、アメリカが導入した経済政策である。韓国版は、ムン大統領が「国難克服に邁進しながら、危機をチャンスに変えていく」と表現したように、そのコンセプトはアメリカ版とほぼ同じだ。一方、その方策は、1世紀近い時空の隔たりによって異なる。韓国版は5Gによるデータの収集・蓄積・活用のためのインフラを構築すること、都市と産業団地、道路と交通網などの社会的基盤に人工知能とデジタル技術を結合させ、大規模な雇用を創出することなどを柱とする。さらなるデジタル強国を目指す、韓国の近未来像が見えてこよう。

 その背景と狙いはどこにあるのだろうか。韓国は今、深刻な経済危機の真只中にある。経済指標はどれも悪化している。韓国の貿易依存度は70%(2018年)と高いが、4月の韓国の貿易収支は輸出が半導体や自動車などを中心に前年比-24%、輸入がおよそ-16%減少し、8年ぶりの赤字だ。今年の経済成長率は、韓国銀行がこれまでの+2.1%から-0.2%に大幅に引き下げ、リーマンショック以来のマイナス成長になると予測している。韓国版ニューディールは、アメリカが世界恐慌という難局に立ち向かった歴史にあやかり、深刻な経済危機を一致団結して乗り越えようと国民を鼓舞する、響きの良いフレーズと見ることができる。また、米中の対立が経済に及ぼす影響が懸念材料だ。今年11月のアメリカ大統領選挙を前に、米中関係はコロナウイルスの発祥問題、香港に対する中国の「国家安全体制」の導入問題、WHOと中国との関係などをめぐって対立を深めている。韓国が今のまま米中に依存し続ければ、経済の回復は他人任せで遠のく。韓国は、今では経済規模10位の立派な先進国だ。国力に自信を強めた韓国が日本と対等に向き合い、米中への依存度を抑制しようとしても不思議ではない。韓国版ニューディールは、なお抽象的ではあるものの、北東アジアや国際社会における韓国の自立性とプレゼンスをより強固にしようという、ムン大統領の強い意思を示したものと見るべきであろう。

  • どうなる日韓

 韓国版ニューディールを打ち出したムン大統領の演説は、「私たちは今、全世界的な激変のただ中に立っている」との呼びかけで始まった。2年の任期を残すムン大統領がコロナ禍に伴う「経済社会構造」や「国際秩序」の変化に対応する一方、自らも変革を目指すという、新たな国家ビジョンを示した施政方針演説だった。

 ムン大統領の目指す変革は、日韓関係にも変化をもたらすのだろうか。演説では日韓関係への言及は一切なく、日韓関係への変化を予測するのは難しい。また、4月の総選挙で、ムン政権を支持する進歩派与党が圧勝し、選挙後、支持率が70%を超えたムン大統領が支持者の意向に反し、対日強硬姿勢を緩和することは考えにくい。去年7月、半導体の素材3品目をめぐって、韓国の貿易管理上の不備を理由に日本が韓国への輸出管理を強化した問題が日韓関係の現状を象徴しているように見える。韓国側はムン政権の演説の2日後の12日、日本の主張にそって管理体制を改善したとして日本の措置の見直しを求め、その回答期限を5月31日に設定していた。これに対し、日本側は韓国の貿易管理が実効的に運用されているかを確認する必要があるとの立場で期限の31日までに回答せず、双方が今後の出方を探り合う関係にある。

 日韓関係は、歴史認識問題ばかりではなく、経済・貿易問題や安保問題までの幅広い分野で葛藤が続き、今も最悪の関係にある。その根底には、途切れた対話が断続的に再開したとしても、決して解消しない積もり積もった相互不信が渦巻いているように見える。

  • 変わる世界と眼力

 5月上旬、思いもよらぬニュースが韓国から伝わってきた。慰安婦団体をめぐる金銭疑惑だ。韓国の慰安婦問題を30年にわたってけん引してきた団体の疑惑は、歴史認識にも深く関わるだけに、その顛末は日韓関係の先行きを見定める動きの一つとして注目されよう。

ソウル日本大使館前の慰安婦像

 その発端は、慰安婦問題の象徴的存在として知られる元慰安婦、イ・ヨンスさん(91)が7日に行った記者会見だ。イさんは、慰安婦支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯:正義連」(旧挺対協)の前理事長で、4月の総選挙で与党から出馬して当選したユン・ミヒャン氏について、「だまされるだけだまされ、利用されるだけ利用されてきた」と厳しく批判した。また、「寄付金の使途が不明」との疑惑も突きつけ、ソウルの日本大使館前で続く「水曜集会」はなくすべきと訴えた。韓国メディアは連日続報を伝え、検察が関係先を捜索して捜査を進める今、韓国国民の関心は高まるばかりだ。一連の疑惑によって、慰安婦問題を戦時性暴力と位置付け、人権や正義を掲げて進めてきた運動の根っこが揺れている。水曜集会を続ける正義連は、「運動の歴史と大義を崩壊させてはならない」と訴えている。今回のユン氏の疑惑について、ソウル在住の知人のメールは、「慰安婦問題の解決ではなく、事実上解決を阻止してきた正義連が弱体化するとの見方も出ている」と記している。

 韓国版ニューディールは、コロナ禍による世界中の変化に対応し、自らも変革を目指す国家ビジョンである。その成否はしっかりと見届ける必要がある。変わりゆく世界、変革を掲げた韓国、変わらない、いや変わるようにも見える日韓。連動する北東アジアと世界の動き一つ一つを見定める、眼力が問われることとなろう。

羽太 宣博(元NHK記者) 

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