総選挙で圧勝のムン政権、日韓関係はどこへ?

 コロナ禍中の4月15日、韓国の総選挙が行われた。今後の韓国を左右する選挙は、ムン・ジェイン大統領を支える革新系与党が180議席を獲得した。過半数を大きく上回って、「記録的」「前例のない」圧勝となった。保守系野党は、パク・クネ前大統領の弾劾で奪われた政権を取り戻そうとしたが、叶わなかった。「没落に近い敗北」だった。これによって、就任から3年となるムン大統領は、ほとんどの地方自治体を含めた行政権、大法院・憲法裁判所などの司法人事権に加え、国会の立法権の「三権」すべてを事実上掌握したことになる。また、今回の総選挙では、与党「共に民主党」のイ・ナギョン前代表と、野党「未来統合党」のファン・ギョアン代表が同じ選挙区で議席を争った。2人とも次の大統領選挙の有力候補だっただけに、その選挙戦はその前哨戦とも評されたが、これも与党が勝利した。
 今回の総選挙によって、2年の任期を残すムン大統領は政権運営を盤石にすることができた。加えて、次の大統領選挙に向けて、野党・批判勢力のか弱さに相当する分の弾みをつけたことになる。ムン政権は、今後どんな国づくりを進めていくのか。悪化したままの日韓関係はどうなるのか気に掛かる。
 ムン政権が総選挙で圧勝したのは、コロナ禍によるところが大きい。選挙前の予想では、低迷する経済に効果的な政策を打ち出せず、法務長官に任命した側近、チョ・グク氏のスキャンダルも重なり、厳しい政権審判になるとの見方もあった。ところが、1月20日に韓国で初めての感染者が確認されると、事態は大きく変わり始める。その後、宗教団体による集団感染もあって感染者は急増し、一時は1日1000人近くを記録する。韓国では、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)で深刻な被害を招いたことから、感染症の検査・追跡・医療体制を整備し、今回のコロナ禍に活用できたという。これが奏功し、感染者数は3月に入って減り始め、国民の危機感も緩和していく。韓国のコロナ禍対応には、当初、否定的な声もあったが、徐々に「危機を克服した国」としての評価が高まっていく。総選挙の投票日前日、ムン大統領は「韓国は防疫で見せた…対応と国民の偉大な市民意識によって全世界が注目する国になった」「韓国型防疫モデルが世界的標準…」などと評価している。ムン政権としては、成果を強調して世論に訴え、選挙の争点を喫緊の国難、コロナ禍対応に切り替えたことで、それまでの失政を覆ったとの見方も頷ける。
 とはいえ、選挙を終えた今なお、不変の課題は停滞する経済にある。コロナ禍が長引けばさらに悪化する点で、事態はより深刻だ。IMF・国際通貨基金は、今年の成長率をアメリカ-5.9%、日本-5.2%、中国+1.2%、韓国-2.3%、世界全体で-3%の逆成長と予測した。1930年代の大恐慌以降、最悪の景気低迷になると懸念する。韓国にとっては、主要な貿易相手国がそろって低迷することで、すでに顕著になり始めた中小企業の経営悪化や失業者の増大など、影響は予想以上に重くのしかかる。総選挙で大勝したとはいえ、ムン政権はこれからが正念場となる。
 コロナ禍中の総選挙は、異例尽くめの選挙戦となった。人々が密集する街頭演説や集会を極力減らし、SNSを通じた選挙戦が活発に行われた。特筆すべきは、ムン政権らしさを反映した「選挙戦略」だ。朝鮮日報(4月6日)は、与党「共に民主党」が作成した遊説マニュアルを紹介し、「国民は今回の選挙を『韓日戦』と呼んでいる」と伝えた。ムン政権の支持者たちは、それぞれのウエブサイトで「選挙は韓日戦」とのポスターを掲載し、「投票によって親日清算!」と書かれた垂れ幕も掲げたという。去年の夏以降、日本製品の不買運動を続けてきた市民団体は、「親日派のいない国会」キャンペーンを展開しているとも記している。国政を導く責任ある政党が議論の分かれる「歴史認識」をあからさまに選挙戦に取り込むのは、情緒的に過ぎていないだろうか。
 今回の与党当選者の中には、ソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置した市民団体の前代表もいる。また、ムン政権を支え、日本に厳しい意見を持つ国会議員が増えたという。今回の選挙戦とその結果を合わせ考えれば、ムン政権が対日外交の基本に据えてこだわる「歴史認識」がいわば「公認」されたと言ってよい。その歴史認識に根差す対日強硬路線は、国会内であれ外であれ、今後強まっても弱まることはないように思える。
 日韓関係は、戦時における徴用工問題、謝罪と支援を求めて再燃しそうな慰安婦問題、輸出管理の強化の問題など、歴史認識に関わる葛藤をめぐって、対話さえ途切れる最悪の関係にある。そうした日韓関係を総選挙後に取り上げた韓国メディアは、実のところきわめて少ない。朝鮮日報と中央日報は投票日の直後、日本メディアの記事を引用しながら、「韓日関係はさらに悪化するとの懸念」が日本国内に上っていると記述したにすぎない。その後の社説やコラムも、日韓関係に直接言及したものはほとんど見当たらない。各紙のタイトルを見ると、「マイナス経済の嵐が来た(朝鮮日報)」、「初の巨大与党、過去を脱ぎ捨て未来に進む時(中央日報)」、「現実味帯びる雇用大乱、雇用の維持と創出に全力で取り組むべきだ(東亜日報)」、「『雇用ショック』対応、まず失業手当の死角地帯を減らすべき」(ハンギョレ)」などとなっている。いずれも、経済・労働問題が放置できない深刻な事態にあることを指摘し、全力で取り組むべきと強く求めている。ムン政権としては、選挙前に批判を浴び続けてきた、経済・労働問題が選挙後の一番の課題になるのは百も承知だったに違いない。
 ムン政権は、当面、経済対策に全力で取り組むこととなろう。その一方で、植民地時代からの悪弊を断つという「積弊清算」、朝鮮半島の平和統一に向けた「南北融和」、最大の経済パートナー、中国を強く意識した「米中外交」には、巧妙に取り組むに違いない。それは、次の大統領選挙でも革新系候補を後継者として勝利させ、その後の国づくりを思い通りに描くという、ムン政権の生涯の政治理念が関わっているからにほかならない。日韓関係の視点からも、ムン政権の言動を表面的にのみ捉え、一喜一憂するのは避けなければならない。
 感染者およそ300万人、死者数20万人に達するコロナ禍。国と国民の関係、国の在りよう、国際社会の秩序さえ根底から変えるかもしれないという、専門家の予測が現実味を帯びている。民主的な選挙で託されたとはいえ、強大な権力を掌握したムン大統領が今後、独善と強権政治に走り、思い切った行動をとることもありえよう。その言動は、朝鮮半島にとどまらず、北東アジアに大きなインパクトを及ぼすだけに、日韓関係が一気に動き出すかもしれない。何よりも国際社会共通の「法と価値観」を判断基準に据え、韓国とは冷静沈着に向き合うことが肝要だ。韓国発の情報は、底流も含めて分析・対応する必要がある。日本からは、事実に即した有意な情報を韓国へ、アジアへ、そして世界へと発信することが問われている。

羽太 宣博(元NHK記者)

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