「桜を見る会」安倍首相に花を愛でる心があるのか

■栄華を誇ったあの藤原道長の気分なのだろう 
 今年の「桜を見る会」は4月13日の土曜日に東京・新宿御苑で開催され、政財界や芸能界から1万8200人の招待者が出席した。招待者は枡酒を片手に淡い紅色に咲く八重桜の花を楽しんだ。
 安倍首相は「5月1日には新元号の令和に改まる。今日咲き誇っている花のように1人1人が花を咲き誇らせることができる時代を創っていこう」と挨拶し、自作の俳句を2つ披露した。
〈平成を 名残惜しむか 八重桜〉
〈新しき 御代(みよ)寿(ことほ)ぎて 八重桜〉
 平成との別れを惜しむ句と、令和の訪れを祝福する句である。2つの句が詠まれると、招待者たちが拍手喝采し、安倍首相は満面の笑みで応えた。
 安倍首相は、自らの栄華を賛美して〈この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠けたることも なしと思へば〉と詠んだ平安時代の藤原道長の気分になっているのかもしれない。望月とは満月のことである。いま風に訳すと、「この日本は欠けたところがない満月のように完璧に私の所有物だ」ということになる。

■功績や功労のあった人を慰労するのが目的のはず
 「桜を見る会」は戦前、皇室主催だった。戦後になって首相が招待する形に変わり、吉田茂内閣時代の1952(昭和27)年に始まった。民主党政権でも2010年の鳩山内閣で実施されている。
 国民の税金を使った公的行事で、功績あった人々を慰労するのが目的だ。そこをマスコミや野党から「首相の後援会関係者が年々多く招待されるようになっている。公私混同だ」と追及された。
 招待者は1万3700人(2014年)から5年後には1万8200人(2019年)に増加。同時に費用も3000万円から5500万円に跳ね上がり、来春は5730万円を要求していた。
 開催要領には、招待者の範囲が皇族や各国大使、国務大臣、国会議員ら以外に「その他各界の代表者等」と記されている。「『等』が曖昧でいくらでも拡大できる。費用も増え、運営が不透明だ」と批判された。
 結局、政府は来年の中止を決めた。菅義偉官房長官は11月13日の記者会見で「予算や招待人数も含め、規模を縮小して再来年度の再開を目指したい」と説明し、安倍首相自身も首相官邸で「私の判断で中止をすることにした」と語った。

■心から桜の花を楽しみ、愛でる催しではなかった
 血税によって首相の〝お友達〟だけが美味しいお酒を味わいながら桜の花を観賞することができ、それが安倍政権の強化に利用されるのだとすれば、多くの国民は納得できまい。
 中止の決定は早く、この前に政治とカネが問題にされた菅原一秀経済産業相と河井克行法相の更迭も早い対応だった。安倍首相は早期の幕引きを狙い、国会審議を念願の憲法改正へと進めたいのだろう。
 だが、「桜を見る会」の問題では内閣府による招待者名簿の廃棄や暴力団などの反社会的勢力の出席も浮上している。安倍首相には国民の声や野党の批判に耳を傾け、きちんと説明してもらいたい。
 「桜を見る会」の問題の本質はどこにあるのだろうか。たとえば『古今和歌集』に収められた平安時代の六歌仙、在原業平の作にこんな歌がある。
〈世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし〉
「咲くまで待ち焦がれ、咲いたら今度は散るのが気になってしょうがない。桜などなければ、春は落ち着いて過ごせるのに…」と桜への愛惜の念を詠み上げている。
 この歌を挙げるまでもなく、桜は日本人にとって親しみ深く、昔から愛されてきた。しかし、「桜を見る会」は心から桜の花を楽しみ、愛でる催しではなかった。そこに問題の本質がある。

■表面的に「美しい自然」や「美しい国」を強調するだけだ
 新元号の話に戻るが、令和を選んだのは安倍首相だ。
 『万葉集』を典拠とするこの元号が発表された4月1日、安倍首相は「『令和』には人々が美しく心を寄せ合うなかで文化が生まれ育つという意味が込められている。我が国の悠久の歴史、薫り高き文化、そして四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄はしっかりと次の時代にも引き継いでいく」と語っていた。
 「美しく心を寄せ合う」「悠久の歴史」「美しい自然」は、安倍首相が2006年9月の第1次内閣発足の直前、51歳のときに書き上げた『美しい国へ』(文春新書)で使われたキーワードでもある。新元号に「美しい国」を重ね合わせたのだろうが、著書の内容は安倍首相が信じる保守主義を強調したものに過ぎず、『万葉集』に描かれた素朴な日本の美を述べたものではない。
 11月20日、安倍首相の在職日数が通算2887日に達し、憲政史上最長となった。しかし「安倍1強」といわれる長期政権には、間違いなく緩みや驕りがある。「桜を見る会」の問題も、「もり・かけ」疑惑も、すべて緩みや驕りから生まれた。

■『万葉集』の素朴さや西行の生き方が理解できるのか
〈願わくは 花の下にて 春死なん その如月(きさらぎ)の 望月のころ〉
 西行法師の歌だ。『山家集』にある。
 西行は平安時代から鎌倉時代にかけて生きた歌人だ。北面の武士として鳥羽上皇につかえた後、23歳の若さで出家し、旅を続けながら花と月の歌を多く詠んだ。西行の心は、『万葉集』の歌の素朴さ、世阿弥の能楽の幽玄美、千利休の茶道のわび、松尾芭蕉のわびさびの俳句の境地に通じるところがある。どれも日本人が持つ美意識に由来する。
 前掲の西行の歌にある花はもちろん、桜の花である。
 解釈は「できれば、仏陀の命日に当たる2月15日(旧暦)の満月のころ、満開の桜の花のもとで死にたい」となる。西行は希望通り、2月16日(同)に73歳で亡くなっている。
 いまの安倍首相に桜の花を愛(め)で、満開の桜のもとで自らの命を閉じた西行の生き方が理解できるだろうか。在原業平の歌にある桜の花に対する愛惜の情が分かるのか。疑問である。  
木村良一(ジャーナリスト、元新聞記者)

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