権力とメディアの距離~記者はなぜ政治家と食事するのか~

記者が首相と食事をするのはなぜか。ある日の首相動静には、「〇時〇分 〇〇記者と△△記者と会合」とある。ネットではこれに対して、「政治家とご飯なんて、権力を監視する記者としてどうなのか」とのコメントと大量の「いいね」がついている。このような会合が「ジャーナリズムの役割は権力の監視」という原則に反するという意見は、ずっと前から存在する。それでも会合は開かれ続けてきた。会合がスクープを生み出す土台でもあったからだ。権力とメディアとの距離について、毎日新聞の山田孝男・政治部特別編集委員に聞いた。

■小泉元首相の「原発ゼロ」
山田さんは、2013年に毎日新聞のコラム「風知草」で、小泉純一郎元首相が原発廃止を唱えていることをスクープした。小泉元首相は首相在任時に原発を推進しており、このスクープは社会に大きな衝撃を与えた。山田さんがこのスクープを報じることができたのは、小泉元首相と山田さんとの間に「信用」があったからこそだと語る。
 きっかけは、小泉元首相と経団連の人々とのやりとりを耳にしたことだ。ある会合で経団連側の人々が、「小泉さん、これからも原発やらなきゃいけない。再開しないといけない」と呼びかけた。すると小泉元首相は、「ダメだ」と突き放した。
 この話を聞いた山田さんは、すぐさま小泉事務所に電話する。つながらなかったが、後で小泉元首相本人から電話がかかってきた。すぐさまインタビューを申し込むとオッケーの返事。小泉元首相がフィンランドで放射性廃棄物の最終処理場を視察した後に、話を聞けることになった。
「小泉元首相も勝負をしている。自分が思うような形で記者がまとめてくれるかの勝負だ」と山田さんは語る。当時、小泉元首相は様々なところで原発廃止論を語り始めていた。しかし、マスコミはあまりこの発言を取り上げなかった。「元首相」という政治の第一線を退いた存在であることや、現職の安倍首相と真逆のことを言っていることが原因であると考えられる。
 小泉元首相と山田さんとの話の場は、山田さんにとっても勝負だったが、小泉元首相にとっても勝負だったのだろう。「この記者なら自分の真意を伝えてくれる」。そう確信を持ったことこそが、山田さんと会うと決めた要因だったのではないか。

■信用と権力監視
 なぜそう確信を持ったのだろうか。「作り上げられた信用があるからこそ」だと山田さんは語る。「政治家が大事なことを話したときに、それがどう報道されるかはとても重要。文字も映像もいくらでも編集できるからだ」政治家と記者との間で信用が築き上げられていないと、政治家は重要なことを話してくれない。
記者にとって政治家と話すのは勝負だ。だが同時に政治家にとっても、記者と話をするのは勝負である。政治家はその勝負相手を、記者に対する信用度で選んでいる。記者も「本当のことを話してくれる」と政治家を信用しているからそれを記事にする。
一方、現在まさに批判されているのが、この「信用を築きあっている」ことだ。「信用」が権力とメディアとのなれ合いを作り出している、という指摘も多い。
 山田さんは「権力者とメディアが信用を築きあうことを批判するのは核心の問題」と語る。ジャーナリズムの機能である「権力の監視」と矛盾しているという指摘も承知しているそうだ。そのうえで次のように語る。「新聞記者はまず取材が重要。だが、有力者は新聞記者だからと言って何でも話してくれるわけではない。新聞記者には取材相手に近づいて話を聞くことができる関係を作る必要がある」。会見で話してくれるのは形式上の話に過ぎない。新聞記者には「信用」を築き、会見では出てこない本音を、引き出すことが求められる。確かにジャーナリズムの役割とは矛盾するかもしれない。しかし、記者としての仕事を追い求めるうえで、政治家から信用を得ることは不可欠だ。

■取材から何を引き出すか
 権力とメディアとの関係でよく批判されるのが記者クラブ問題だ。いくつかの記者クラブでは、フリーランスの記者が会見に出席できない。既存メディア以外の取材者が情報源にアクセスできない状況が生まれてしまっている。これが多様な視点の参入を不可能にしており、国民の権利を損ねることにつながっているという批判がある。
 山田さんはこれに対し、「制度が定着して堕落しているじゃないか、という指摘はわかる」と一定の理解を示す。一方で、記者クラブはあくまで情報を得る手段の一つ、という認識も記者間で広がっていると話す。彼らは、記者クラブを便宜的なものとしてしか考えていない。また、取材される立場からしても、様々なメディアに五月雨式に取材依頼されるより、「クラブ」という場所に資料を投げ込むほうが現実的だという側面もある。
 メディアと権力者との距離への批判は常になされるべきだ。記者クラブ制度が問題を抱えているのは事実だし、この批判がメディアと権力者との緊張関係を作る要因にもなる。一方で、今の環境は記者が活躍する土台として機能してきたことも忘れてはいけない。山田さんが小泉元首相から「原発ゼロ」発言を引き出すことができたのは、今の環境を前提に積み上げた信頼があってこそといえる。
 山田さんの話を伺っていると、「記者」とひとまとめにすることの危険性がみえてきた。記者会見にのみ注力する記者がいる一方で、山田さんのように記者会見などを形式的なものと捉えて、独自の信頼関係を取材相手と築く記者もいる。「記者」「政治家」とひとまとめにするのは適切でない。記者に対する偏見も生んでしまう。一人ひとりの記者の取材手法や、その成果に注目して、評価や批判をしていくべきだと考える。
窪田湧亮(慶應義塾大学文学部3年)

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今年4月から、メディアコミュニケーション研究所で「取材論」という授業を担当している。春学期は「取材する人を取材する」をテーマに、租税回避の実態が記された「パナマ文書」の国際報道チームに参加して取材した共同通信の澤康臣記者、ジャーナリストであいちトリエンナーレ芸術監督を務める津田大介さん、独自の選挙取材を重ね『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(2017年・集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞したフリージャーナリストの畠山理仁さん、コラム「風知草」を担当する毎日新聞政治部特別編集委員・山田孝男記者に〝取材〟した。
 澤記者のインタビューではグローバル化する課題に対して記者たちが国境や会社の枠を越えて協力し真実を明らかにするプロセスを、津田さんにはネット環境が過酷さを増すなかで芸術が果たしうる役割について、畠山さんにはフリーという立場で取材する厳しさや楽しさについて、山田記者からは「夜討ち朝駆け」や、複数記者の取材メモを付き合わせて事実を探り出す政治部の取材手法などを聴くことができた。
 このうち山田記者への取材に基づいて、文学部3年生の窪田湧亮君に記事を書いてもらった。デジタル化の進展によって新たな取材手法が生まれる一方、既存メディアへの批判も増している。「取材論」授業では、さまざまな当事者に話を聴くことにより、新たな時代に向け取材手法の変わるべきこと・変わらず大切なことを見出していければと考えている。
中島みゆき(毎日新聞記者)

<写真>
山田孝男・毎日新聞政治部特別編集委員(右)にインタビュー取材する筆者(左から3人目)ら=2019年7月10日、慶應義塾大学三田キャンパスで

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