日韓政府のがちんこ~市民の心根を確かめたい~

輸出管理の強化をめぐる日韓の対立は、幾重にも波紋を広げている。

歴史認識問題の対応などから、韓国への不信感を募らせてきた日本は、7月4日、安全保障上の理由から、半導体などの製造に不可欠な素材3品目について、韓国に対する輸出管理を強化した。8月に入ると、輸出の管理で優遇するグループA(ホワイト国)から韓国を除外した。これに対して、韓国は「経済報復」だとして激しく反発した。韓国は自らの輸出管理の優遇国から日本を外し、WTOルールにも違反するとして、提訴も辞さない構えだ。また、激動する北東アジア情勢にあって、日米韓の軍事協力の枠組みの一つ、GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)を延長せず、破棄することとした。外交上の相互不信が経済にも波及した日韓の対立は、日米がこぞって懸念した安保の分野にまで拡大し、アメリカからは「失望(Dissapointed)」との表現で厳しい批判を受ける結果となった。また、韓国では、「ボイコットジャパン」の掛け声とともに、日本製品の不買運動や日本への旅行を控える動きが広がり、自治体や市民交流も中止・延期が相次いでいる。

不信を高め、対立を深める日本と韓国。この夏、その関係は「がちんこ」の全面対決の様相を見せ、破たんへの岐路に直面しているように見える。

 

日本が輸出管理を強化した背景には、募る不信感がある。まず、韓国の輸出管理に対する不信感だ。日本の輸出管理強化の対象となった素材で、日本からの輸出量と韓国内での使用量に誤差があり、大量破壊兵器の開発国に間接的に流れた疑いがあるという。日本としては、輸出管理の強化は安全保障に関わる国内手続きの見直しとして打ち出したものである。この不信感を増幅させる不信感もある。日韓が宿命的に対立する歴史認識問題から派生する不信感だ。昨今の日韓関係をみれば、2017年5月に誕生した、進歩派のムン・ジェイン政権が「反日姿勢」を強め、次第に悪化したことが分かる。去年10月以降、戦時徴用をめぐる最高裁判決、慰安婦合意に基づく「癒し財団」の解散という歴史認識問題に加え、国際観艦式での旭日旗問題やレーダー照射事件なども相まって、日韓関係は戦後最悪の事態に陥っていた。このうち、不信感の根っこにある戦時徴用の問題は、最高裁判決が1965年の日韓請求権協定に反するのかどうかが論点となっている。ノ・ムヒョン政権の時代、労働者の請求権は協定に基づいて、「完全かつ最終的に解決された」ものと判断。韓国政府自らが国内措置として一部労働者に補償を支給したこともあり、日本は、最高裁判決は国際法に反するとの立場である。これに対し、韓国は協定自体が無効との観点に立ち、日本からの協議の申し入れを無視し続けてきた。

この請求権協定は日韓基本条約とともに、いわば戦後の日韓関係の基盤となったもので、日本としては決して妥協できるものではない。こうした経過を踏まえると、韓国が日本の輸出管理の強化を歴史認識問題に対する経済報復として、激しく反発するのも理解できよう。

 

ムン大統領は日本への対決姿勢を頑なに保っている。その言動には、自らの経歴と見識によって培った歴史認識や信念、経済・社会の実態とかけ離れた政策、法よりも重いという正義観も見えてくる。

8月2日、韓国のグループAからの除外に対し、ムン大統領は「両国関係に対する重大な挑戦」「「日本には二度と負けない」などと述べ、対抗心を顕にした。15日、日本の植民地からの解放を祝う光復節では、「日本が対話、協力の道に乗り出すなら、われわれは喜んで手を取る」などと、やや柔軟な姿勢を見せたが、徴用問題については何ら触れることなく、日本の対応だけを求めるものとなった。その一方、「2045年の光復100周年までに、(南北が)一つになった国として位置づけられるよう土台を固めていく」と述べ、最大の政治課題、南北統一に向けたビジョンを示した。さらに、22日のGSOMIA破棄の決定について、ムン政権は「日本側と協定を持続することは国益に合致しない」と説明。翌日には、「日本は…我々の国家的自尊心まで傷つける程の無視で一貫しており、外交的欠礼を犯した」と批判する。グループAからの韓国除外の措置が実施された翌日の29日、ムン大統領は「一度合意したといっても過ぎ去ったこととして終えられるものではない」と述べ、戦時徴用問題への日本の対応を改めて批判している。しかし、この発言を国際社会の法とルールに照らせば、国家間の合意を軽んじ、結局は無にするものにほかならず、国際社会での理解は決して得られないであろう。

日韓の間で結んだGSOMIAの破棄についても、北朝鮮が核・ミサイル開発を継続する今、北東アジア情勢の厳しい現実を見誤っているとの批判が強い。アメリカがムン政権を名指しで厳しく批判しているのも無理はなかろう。GSOMIAの破棄については、韓国の保守系紙がそろって懸念を示している。このうち、中央日報は23日付けの社説で、「何のためのGSOMIA破棄なのか懸念される=韓国」と題し、「安保上の国益を考えると誤った判断に間違いない」と論じ、「韓日米3角安保協力」としてのGSOMIAを破棄すれば、「日本はもちろん米国が韓国を信頼できる同盟と思うだろうか」と懸念を示している。

 

ムン政権は、北東アジアの安全保障にとって重要なGSOMIAをなぜ破棄したのであろうか。まず、8月下旬の世論調査で、ムン大統領を「支持しない」が49%、「支持する」が44%で、2週連続で「支持しない」が上回っている。また、ムン大統領が次の法務部長官に任命した側近にスキャンダルが浮上し、検察が捜査に乗り出したばかりだ。ムン政権は民族統一のビジョン、日本に対する強い対抗心を示し続けている。ナショナリズムを鼓舞し、GSOMIAの破棄というサプライズを起こすことで、政権批判を逸らすというのであろうか。

8月中旬からこの2週間、ソウル在住の3人からメールを受信した。ソウル一の繁華街・ミョンドンの喧噪、不買運動、カンファムン広場での集会…。その実情を暗に問うメールへの返信だった。ところが、どのメールにも気になることは一切記されていない。ムン政権の批判も擁護のくだりもない。不思議なことで、違和感が残る。市民交流の中止が相次ぐなか、今年9月28日と29日、東京の日比谷公園で、日韓の市民による「日韓交流おまつり」が開催される。是非参加し、かつてソウルで体験した交流おまつりの賑わいに違いがあるのだろうか。市民の心根とともに直接確かめたいと思っている。

羽太宣博(元NHK記者)

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