改めて小選挙区制を考えた ~NHK番組 「 “劇薬”が日本を変えた」をみて~

 NHKが昨年12月末に放送した小選挙区導入番組“劇薬”が日本を変えた秘録」は、30年を経った今でも、評価が分かれている小選挙区制の状況を、浮き彫りにしようという試みで、興味深かった。

 番組を見て改めて分かったことは当時、金銭スキャンダルで批判されていた自民党は、国民や野党などから投げかけられた「政治改革」というキーワードを、政権交代可能な選挙制度の改革に巧みにすり替えていった経緯だったように思われた。

 当時、主役の一人だった小沢一郎氏はいみじくも 保守二大勢力による政権交代可能時代を目指したーと語っていたが、本当にカネのかかる政治から脱却できると判断していたのか疑わしい。森喜朗氏は「猫も杓子も政治改革を叫んで 自民党を割るぞと執行部を突き上げていた」と、異様な雰囲気を語っている。 

 政治改革機運の興奮状態の中で 深夜の河野洋平―細川護熙両氏の会談で、小選挙区比例代表制導入の中身は、素案の「小選挙区250、比例区250」の定数配分から、「選挙区300、比例区200」、比例ブロック制、敗者復活制採用などに入れ替わった。異様な雰囲気は自民党の本来の落としどころに向けた、意図的なものだったのかもしれない。

 ただ小選挙区制は弊害ばかりともいえない。政治とカネの問題は当時より少なくなっているという研究もあり、民主党は政権に就き政権交代が生まれている。

 番組でもう1点注目されるのは、政治改革に熱意を燃やした後藤田正晴氏が「改革はまだ三合目だ」と言っていることだ。残りの七割はいったい何だったのか知りたいところだ。

 実は政治家を辞めた後、後藤田氏に会う機会があったが、「決められない政治」とか「決断する政治」「官邸機能の強化」という風潮をひどく心配している。官邸に権限が集中すると、戦前、軍部が政治の中枢を握り、戦争への道を一気呵成になって行った経緯を体験していたからだろう。

 小選挙区制では政党助成金の配分や候補者を選ぶ権限が党中央(総裁)に移った。その結果、首相でもある党総裁の権限が飛躍的に強まった。地域でこつこつやってきても公認されにくくなり、今や議員の3分の2は世襲議員と言われる。だから既得権化されやすい。この傾向はさらに強まるだろう。首相には国会の解散権もあるとされ、自党に有利な時を見計らって解散できる。欧米では選挙の公平さを失うとして厳しく制限しており、世襲議員はいてもわずかだ。

 さらに首相は幹部官僚の人事を官邸の人事局で一括管理できるようになり、「忖度文化」を生んでいる。その上、立法府の国会で自民党は衆参両院で三分二を占めており、首相の権限は、相乗効果もあって飛躍的に高まっていたのである。それぞれの改革は良かれと思って取り組まれても、出来上がったものは首相の権限をとてつもなく大きなものにしてしまっている。

 そんなことも前置きに、報道番組の第2弾を考えると①少数意見 少数野党の存在を封殺するような選挙制度は排除する②意思多様性を尊重するため大量に死票が出る仕組みは排除③金権政治、派閥跋扈の温床と批判された中選挙区制のデメリットを省く手立てはあるのか④有権者の厳粛な審判と首相の解散権の在り方―などが課題になるのではないか。

 欧米諸国は建国以来、選挙制度の弱点を補おうとさまざまな手直し―例えば一般国民 主要政党の党員が代議員を選び間接的選挙で大統領を選ぶーなどの改善が試している。

 行政改革や財政改革も、英国では航空母艦を売りに出そうという議論までしている。完璧な選挙制度を望むのは難しいだろうが「弱点」「盲点」を少しでも是正しながら 独裁・専制政治に向かう道を阻む民主的で自由な選挙制度に代わる方法を見つけてほしい。

 このところの政治の潮流は、「同日選」を探っているように見える。当事者は「民主的な代表選び」と見えるように振舞っているつもりでも、恣意的な権力闘争の具と化す懸念をはんでいる。

 「政治は人にあり」と言われる。理想的な制度が作られるには時間がかかるだろうが、政治のトップにある人々に大事なのはいつの時代にも「公正」と「廉直」さだと言われる。そして権力の自己抑制に心がけたら一強政治の風景は大きく変わるのではなかろうか。

栗原 猛(元共同通信政治部)

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