KBS・730日の日々 ~他国の教科書を批判するなら~

 昨年の秋以降、日韓関係は深刻な事態が続く。正式な自衛隊旗である旭日旗の掲揚を認めなかった国際観艦式、韓国国会議員による竹島(韓国では独島)訪問、日本企業に対する徴用工の賠償請求権を認めた大法院判決、日韓合意に基づく慰安婦財団の解散という、歴史認識に関わる問題が日韓関係を根っこから軋ませている。先月20日には、能登沖日本海で、韓国の駆逐艦が日本の哨戒機に対し、攻撃の一歩手前とされる「火器管制レーダー」を照射する問題も生起した。不信感が増幅し、悪化する一方の日韓関係を懸念する立場からは、さらに見逃せないニュースもある。一部の日本メディアが伝えたもので、韓国の女子中学生たちによる手紙41通が昨年11月下旬、島根県の中学校に届いたという。手紙には、「独島は512年以来の領土」「(日本の)教科書をそのまま信じないで」などと韓国語や英語で書かれ、竹島が韓国領であると主張し、日本の歴史教育を批判するものであった。竹島は当然に韓国領との立場からか、これを伝えた韓国メディアは見当たらない。とはいえ、事の経緯を踏まえてその意味を吟味すると、日韓関係に暗い影を落とす歴史認識問題の本質が見えてくる。
 日韓の教科書問題は1982年6月に遡る。教科書検定によって、日本軍の華北への「侵攻」が「進出」という表現に書き改められたという、日本メディアの誤報がきっかけであった。教科書の記述をめぐる問題は日中、日韓の外交問題となり、歴史認識の問題へと発展していく。韓国にとっては、この教科書問題こそ、歴史認識に関わる問題の端緒であった。また、教育が国民の歴史認識を育み、世論を形成するという点からすれば、歴史認識に関わる諸問題の根源とも言えよう。教科書問題はその後も日本の検定をめぐって激しい論戦が繰り広げられてきた。韓国の立場は、慰安婦、竹島、靖国などの問題とも連動させつつ、日本に抗議・批判するものであった。韓国の女子中学生たちの手紙を島根の中学校に送った背景には、竹島問題に決然と向き合う韓国の姿勢が明確に見て取れる。この1年、竹島をめぐって、日韓双方にどんな動きがあったのであろうか。
 昨年3月30日、日本の文科省は高校の歴史や地理などの科目で、竹島が日本固有の領土であることを教えるとする学習指導要領を告示した。一昨年、同じ内容を盛り込んだ小中学校の指導要領に続くもので、日本の小中高校すべての課程で竹島の領土教育が実施されることとなった。これに対して、韓国の保守系紙、中央日報は、「日本、また領土挑発」との見出しで、「領土歪曲の教育が可能な法的根拠を設けることになった」と伝えている。また、文科省は昨年7月、高校の新たな学習指導要領を2021年から2019年に2年前倒しで適用する案を公表し、韓国政府は遺憾の意を表明して強く抗議している。こうした一連の動きを受けて、昨年10月22日、韓国国会の教育委員会に所属する与野党議員が「日本の教科書歪曲に抗議(聯合ニュース)」して独島を訪問したのである。島根県の中学校に手紙が届いたのは、その1か月後のことであった。報道によれば、手紙は、韓国の「独島の日」である昨年の10月25日を挟み、竹島の歴史や地理などを学んだ中学2年生が書いたものだという。この学校では、2年生と3年生で最長5時間程度の「独島教育」が行われているという。韓国が「独島教育」を徹底すればするほど、日本の竹島教育に対する懸念・不満は高まるのに違いない。
 筆者がKBS校閲委員として勤務した2012年から2年間、教科書問題に関するニュースはきわめて限定的であった。その一方、筆者がKBSワールドラジオで担当した企画やコーナーの取材では、韓国の教育の実態の一端を垣間見ることになり、考えさせられることが多々あった。とりわけ、韓国の高校生たちによる「日本語スピーチ大会」での取材が思い浮かぶ。一人一人のスピーチや入賞した生徒へのインタビューだ。入賞した生徒に対して、「日本語が上手だね?」と言うと、「日本のアニメが好きで、読んだり聞いたりできるようにと中学1年から勉強してます」と。また、「日本語を勉強している生徒は多いの?」と問うと、「結構いますよ。でも…『日本人なんてさぁ、悪いことした奴ばっかじゃん!そんな日本の言葉なんて何で勉強すんの?』と言われたこともあります」という。「悪いことをした奴ばっか」という言葉に、植民地支配と侵略により、多大な損害と苦痛を与えた側と受けた側。そして、それぞれの教育、教科書の在りようを突き付けられ、今なお見つめ続けている。
 日韓の教科書をめぐっては、日韓歴史共同研究が2000年以降2度実施された経緯を持つ。しかし、その成果については否定的な見方が一般的だ。歴史認識を異にする国が、異なる教育システムに基づいて、双方が求める教育を行うのは難しい。スピーチ大会でインタビューした生徒は、「多くの人は『偏った考え』を捨てられる日が必ず来ると信じています。その日が来れば、日本と韓国が仲直りするのは朝飯前でしょう」とスピーチを結んだ。島根の中学校に韓国から届いた手紙の中身と日本の教科書の記述は、どちらが史実として正しいのか。日韓双方が互いに受け止める『偏った記述』を精査し合うことで、『捨てられる日』が来るだろうか。日韓の中学生同士による手紙のやり取りが続くことに期待しつつ、見守っていきたいと思う。
羽太 宣博(元NHK記者)

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