安倍”超長期”政権を待ち受けるもの

    2014年 東京・銀座のとある会員制クラブの昼食会に安倍晋三首相の昭恵夫人が招かれた。政権復帰が実現した安倍第二次内閣の発足から暫くしてからのことだった。
    軽い食事が終わると地味なスーツの夫人が演壇を前に静かに話し出した。「主人は、前回体調を崩して辞任した後も、必ず復帰すると話し、政策などをメモしたノートが数十冊になりました。今は、お陰様で良いお薬ができてとても元気です」等と淡々と語った。
    そして、それから5年8ヶ月、先月(8月)26日安倍首相は鹿児島県垂水市で桜島を背に今月(9月)20日の自民党総裁選に立候補することを正式に表明した。事実上、あと三年,日本の首相を続ける意思を宣言した事になる。もし実現すると、明治、大正にかけて第三次まで続いた桂太郎内閣の通算2886日と並ぶ”超長期”政権となる。
    この日、垂水市で何を語るのか記者団が待ち構える中、安倍首相は「日本は大きな歴史の転換点を迎えている。平成の先の時代に向けて新たな国造りを進めて行く」等と述べ、具体的な課題として皇位継承や東京オリンピックをあげた。
    さて、この内容を知った日本国民の多くは拍子抜けだったのではないか。「重要課題の1つは憲法改正である」と翌日の読売新聞はたまりかねた様に社説に書いて安倍首相を促した。皇位継承もオリンピックも既に決まったもので”新たな国造り”の内容は窺えなかった。
    これ迄の第二次安倍内閣で安倍首相は昭恵夫人が明らかにしたノートに盛り込まれた政策をどの程度実現できたのだろうか?
    まず華々しくスタートしたのが金融の異次元緩和だったが、目標とした物価上昇率2%もデフレ脱却も実現していない。確かに、金融緩和によって株価は上昇したが、その果実の多くは富裕層に集中している様だ。
    安倍首相は、特にこの数年「地方創生」「女性活躍」「一億総活躍」「働き方改革」など次々に新しいキャッチフレーズを生み出したが「道半ば」と首相自身が国会で公言して憚らない程、実効を上げたものは少ない。
    もし、”超長期”政権となるなら今後の安倍政権はどうなるべきなのか?新聞・TV等の調査機関のデータを見ると、国民が先ず進展を期待するのは経済問題、特に社会保障対策だ。若い人の年金・公的医療への不安は強い。又、地方の人口減少、雇用の厳しさへどう対応するのか。更に多くの調査が指摘するのは、国民の間に広まる所得格差だ。中間層が消えて上流と下流への分断が進むとするものも有る。”超長期”政権はどう対応するのか?
    ところで、新聞・TVの最近の世論調査で安倍首相の支持率は上昇傾向にある。しかし、一方で、安倍首相の人柄への信頼性評価は厳しい。いわゆる”モリカケ”問題を巡って財務官僚が公文書を改竄したり、首相補佐官が誤魔化しの国会答弁をしたりした事。そして、首相自身「直接指示していない」としながらも、官僚の忖度 、手柄争いを放っておいた事。そして、加計問題では「李下に冠を正さず」という首相の国会答弁が信じがたい友人優遇が窺われた事なども背景にある。”超長期”政権が緊急に解決すべき問題だ。
    国外問題では、自民党の有力者の間で安倍首相の外交手腕が高く評価されている事にも注意が必要だ。アメリカのトランプ大統領の懐にいち早く飛び込んで「ドナルド、シンゾー」と呼び合う親しい関係を築いた。だが、国際情勢はそう甘くはない。例えば、トランプ氏が世界に仕掛けた関税攻勢で日本は例外扱いを求めたが無視された。イラン原油制裁等、他の場面でもシンゾーがドナルドから”見返り”を得たという話はない様だ。実は、トランプ氏はこの11月のアメリカ議会中間選挙の結果次第では弾劾も視野に入ってくる。危険なトランプ氏への片思いでなければ良いが。
    もう一人,安倍首相が「ウラジミール」と呼ぶロシアのプーチン大統領との関係にも冷徹さが求められる。今月(9月)11日、ロシアの極東、ウラジオストクで「東方経済フォーラム」が開催される。安倍首相はプーチン氏との首脳会談を予定し北方領土も協議の対象となる。だが、驚いた事に、実は、この期間にこの地域でロシア軍が大規模軍事演習を実施、日本の北方領土も演習に使うという。此処でもプーチン氏からの”見返り”はなさそうだ。
    今回の自民党総裁選では対抗馬の石破茂元幹事長が仮に善戦したとしても、安倍首相の勝利は確実な情勢だ。そして、間もなくスタートするであろう第三次安倍内閣には難題が待ち受けている。最初に評価がつくのは、来年の参院選となりそうだ。

陸井 叡(叡Office)

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