韓国・KBSの730日~日韓首脳会談と歴史認識問題~

 7月24日、韓国からの気になるニュースがあった。慰安婦問題をめぐる日韓合意(2015年12月)に基づき、日本政府が拠出した10億円を韓国政府が肩代わりする予算を閣議決定したというものである。「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった合意の履行を強く求める日本政府は、直ちに反発したという。韓国が求める今後の協議も難航が予想され、日韓関係はさらに混迷することとなろう。このニュースに目が留まったのは、「平昌オリンピック」開会式当日、現地で開かれた日韓首脳会談でのやり取りを思い起こしてのことだった。会談では冒頭、安倍首相が日韓合意の遵守を文在寅大統領に強く求めていた。これに対し、文大統領は「被害者(元慰安婦)や国民が合意を受け入れられず」、合意では「問題は解決できない」と述べている。日韓の立場に歩み寄りはなく、続報が気がかりだったのだ。24日のニュースに、「やはり」と思うほかなかった。
 慰安婦をはじめ、竹島(韓国でいう独島)、靖国、教科書などの歴史認識問題は、とりわけ1990年代以降、日韓関係に暗い影を落としてきた。それは、日韓首脳会談の歩みにも如実に現れている。問題の複雑な諸相によって、日韓首脳会談は数年も開かれなかったり、対立だけが際立ったりしてきた。筆者がKBS校閲委員として、歴史認識問題に真正面から向き合い始めた2012年9月以降、いわゆる「バイ」の日韓首脳会談はこれまでに6回を数える。安倍首相と朴槿恵大統領の会談が3回、文大統領とはこの1年ですでに3回行っている。このうち、朴大統領は、2013年2月の就任当初から「正しい歴史認識」との言葉を繰り返し、日本との対話を頑なに拒み続けた。また、李明博大統領の竹島上陸、天皇陛下に対する謝罪要求発言をきっかけに、反日・嫌韓の連鎖が巻き起こり、日韓関係が冷却しきった時期とも重なった。日韓の溝は深まるばかりであった。
 日韓首脳会談が開催できない事態が続くなか、日韓のメディアは、双方の立場・主張をどう伝えたのであろうか。朴大統領の就任演説や「3.1節」演説などをめぐる、就任当初の論調は、日韓双方とも朴大統領の「歴史認識問題」に留意しつつ、早期の首脳会談開催に期待を寄せるものであった。ところが、2013年4月、安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」と発言し、一部閣僚に続き、168人もの国会議員が靖国神社を参拝すると、事態は一変する。また、同年12月の安倍首相による靖国参拝、翌年7月の集団的自衛権行使の閣議決定により、韓国では「日本の右傾化」として警戒・反発を強め、日韓首脳会談開催に否定的な論調が際立っていく。進歩系ハンギョレ新聞の見出し「過去の問題をそっちのけにして日本と会うことはできない」との表現は、歴史認識をめぐる韓国の立場を象徴するものであったろう。一方、保守系メディアも当初は厳しく批判を繰り返したものの、日本に対する頑なな姿勢を崩そうとしない朴政権に対し、日韓関係の改善の必要性を説き、提言する記事を掲載するようになっていく。「韓日首脳会談は必要か 背を向け合えば葛藤が深まるだけ(中央日報)」「韓日間の緊張続けば関係回復不能も…首脳会談の早期開催を(東亜日報)」などの見出しは、日韓関係の改善を求めるアメリカの意向も踏まえて、その意味を考察する必要があろう。その後、日韓首脳会談は2015年11月、ソウル開催の日中韓首脳会談に合わせて開催された。日韓首脳会談としては3年半ぶりという、異例のものとなった。
 その背景には、何があったのであろうか。第1に、北東アジアの平和と安定に大きな影響を与える日韓とアメリカ、中国を加えた「四すくみ」の外交戦があったことを見逃してなるまい。また、歴史認識に関わる双方の諸相を平静に受け止め、「歴史という縦軸」と「政治・経済・社会、文化という横軸」を交差させ、日韓関係を総合的に捉える視点が欠かせないことに留意する必要がある。
 2012年9月24日、KBS校閲委員になって3週間、歴史認識に関わるニュースをめぐり議論したことが日記に記されている。大統領選挙を目指す当時の朴槿恵候補が「父親の朴正煕大統領の失政を認める」という原稿で、「失政」の表現が適切かどうかを執筆者に質した私。朴正煕大統領の業績である「漢江の奇跡」も失政の一言で済ませるのかという疑問からであった。放送直前、「朴候補、父親の過ちも認める」で決着した。このニュースは、史実が一つであっても歴史認識は個々にあること、そして、双方どこまで理解しているのかを問う原点の一つとなっている。
羽太宣博(NHK元記者)

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