韓国・KBSの730日
~歴史認識問題と向き合う~

 6月12日、史上初の米朝首脳会談が実現した。米朝の軍事衝突さえ憂慮する事態にあったことを考えれば、朝鮮半島の平和と安定に向け、両首脳が握手を交わした点は評価もできよう。一方、北朝鮮の非核化は、米朝枠組み合意や6か国協議をよそに、北朝鮮が一方的に核開発を続けてきた経緯を持つ。世界の核弾頭数は2018年1月で、世界の9か国で1万4000発余り。北朝鮮はすでに10発から20発保有し、アジアでの核軍拡が進んでいるという。北朝鮮の完全非核化、世界の核軍縮の道はなお遠く、今回の会談は単なる一歩にすぎない。その北東アジアでは、容易に解決できない懸案がほかにもある。5月9日、日本で開かれた日中韓首脳会談は、朝鮮半島の平和構築に3か国が協調することで一致した。一方、共同声明の発表が12時間も遅れて深夜となった。「歴史認識問題」をめぐる文言の調整で手間取ったためという。1980年代から続く問題は根深い。
 北東アジアが急変する最中の3月1日、文在寅大統領は日本統治時代における「独立運動」の記念式典で演説を行った。文大統領は竹島(韓国でいう独島)や慰安婦問題に触れ、「不幸な歴史であるほどその歴史を記憶し、歴史から学ぶことだけが真の解決」と強調した。この歴史認識問題に筆者が真正面から向き合ったのは、KBSワールドの校閲委員として半年ほど勤務してからだった。2013年の「3.1節」で、就任間もない朴槿恵大統領が演説し、「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」「日本が歴史を正しく直視することで真の和解と協力が可能」と訴えた。メディアに生きる身としては、「歴史を正しく直視する」という言葉が妙に気になった。朴大統領は、5月の米韓首脳会談でも「北東アジアの平和のためには、日本が正しい歴史認識を持たなければならない」と語っている。その後、6月の中韓首脳会談、9月のG20サミット、11月の訪欧などの機会を駆使し、朴大統領は「正しい歴史認識」という言葉を発しながら、「日本の右傾化」を批判し続けた。
  歴史認識問題を取り上げる韓国メディアのニュース・論説は数限りない。KBSワールド日本語班でも、筆者が校閲委員として勤務した2012年9月からの2年で、関連ニュースは500本を超える。2013年3月1日のニュースは、朴大統領の演説がトップ項目。続いて、当時の岸田外相が国会で竹島の領有権を主張し、韓国政府が遺憾の意を伝えたとのニュース。歴史認識問題がずっしりとのしかかる日だった。その後は、朝鮮日報、中央日報、東亜日報、ハンギョレ新聞の日本語版を読むのが日課となった。すると、韓国メディアが歴史認識問題で一方的に発信しているというわけではないことに気付く。韓国は、日清・日露の戦争を受けて、日韓併合条約(1910)、植民地時代をまず問う。そして、3.1節の独立運動(1919)、日韓基本条約(1965)、慰安婦の「広義の強制性」を認めた河野談話(1993)、「日本の植民地支配と侵略により多大な損害と迷惑」を与え、「痛切な反省の意」を示した村山談話(1995)など、すべてをひっくるめた、韓国の歴史観が次第に見えてきた。2013年4月24日、朴大統領は報道関係者との懇談会で、「未来志向の韓日関係に正しい歴史認識は不可欠」と語っている。その前日、安倍首相は「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」などと発言している。朴大統領としては、歴代の首相が引き継いできた村山談話を否定する発言として直ちに反応したものだった。韓国からの歴史認識についての発信には、戦争責任、竹島、慰安婦、教科書、靖国神社などをめぐる、日本での発言、行動に反応するものが多分にあることに留意しなければならない。
 韓国が問う歴史認識の正しさとは、どう理解すべきであろうか。日本にも近現代史があり、その歴史認識がある。いずれにあっても、「史実」をそれぞれが解釈して創る歴史認識がある。2013年2月、KBSワールドのラジオ番組「金曜座談会」の台本校閲での体験が今も甦ってくる。番組は「朴槿恵新政権発足と韓日関係」と題し、専門家4人を招いて対談する4回シリーズだった。初回の出演者は、日韓基本条約の担当書記官として交渉にあたり、のちの駐日韓国大使、外交部長官を歴任した孔魯明(コン・ノミョン)氏である。台本は、「日韓基本条約によっては、日本が戦争責任を果たしていない」としたうえで、日韓新時代について論じるものであった。校閲委員の立場から、日本の責任をめぐる表現で、すぐに担当職員と激論。「無償、有償、民間借款で8億ドルの協力金は、当時の韓国の国家予算の2倍。その後の日本からの経済協力も考えれば責任を果たしていないというのは言い過ぎでは…」「こうした偏った発信なら校閲の意味がない」「校閲委員は明日辞めても構わない」と私。果たして、条約の担当書記官だった孔魯明氏の助言と推察しているが、実際の放送では議論の部分がすべて削除されたものであった。
 歴史認識をめぐる日韓双方の発信は、竹島や慰安婦問題を中心に今も続き、日韓関係は改善できずにいる。韓国きっての知日派の孔氏とは、ある集まりで会う機会があった。日韓関係の現状について問うと、「大切なのは相互の信頼関係」と即座に返ってきた。歴史認識が今なお問われるなか、それは「正しい歴史認識」というより「史実」と向き合うことが信頼を醸成していくことと理解している。
羽太 宣博(元NHK記者)

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