官僚の忖度〜政権を庇う無私の行為なのか〜

 「近財のプロパー職員が特捜の調べに本当の事を喋ってしまうのが怖い」。財務省の佐川宣寿理財局長が森友学園への国有地の払い下げ問題を巡って国会で「(学園との)面会などの(交渉)記録は廃棄した」等、後に嘘と分かる多くの答弁を繰り返ししていた2017年9月頃、財務省トップ(当時)がフトとある大物財務省OBに漏らした一言である。
 森友学園への国有地払い下げ価格交渉などの実務を担当したのが財務省近畿財務局、近財である。そして、プロパーとは、キャリア組のエリートではない職員を意味する。特捜とは大阪地方検察庁特捜部の事で、国有地の払い下げ価格交渉に背任の疑いがあるとの告発を受けて調べが始まっていた。
 そして、半年余りが過ぎた今年(2018年)3月 財務省トップが”怖れ”と同時に承知もしていたであろう財務省の闇が覗いた。森友学園への国有地の払い下げ決済文書が改竄された疑いがある事を朝日新聞がスクープ。一週間後、嘘答弁を重ねたものの国税庁長官に昇進していた佐川宣寿氏は遂にたまりかねたのか辞任した。更に、財務省が改竄した書類をそのまま国会に提供していた事等が明らかになったが、もう一つ、驚愕の出来事が報道された。近畿財務局で森友問題を担当していたプロパー職員が自殺 、遺書に上司への不満とみられる記述あったという。勿論、自殺した職員が財務省トップ(当時)が怖れた人物だったかどうかは分からないが、まるで、松本清張氏の小説を地で行くようではある。
 そして、物語は未だ終わらない。佐川氏は辞任から間もなく、国会に証人喚問される。喚問を通して際立ったのは、文書改竄について、実にきっぱりと安倍首相、麻生財務大臣の関与を否定したことである。これまでの嘘答弁でも繰り返した”きっぱり”だ。こうした佐川氏の姿勢に対し、政権を忖度しての行動という指摘と同時に、一部の評論家などから佐川氏は政権の犠牲にされたという同情論まで聞かれた。
 さて、森友学園問題は発覚から間もなく1年4ケ月が過ぎようとしているが、気になるのはこの間に佐川氏が理財局長から財務省では次官級とされる国税庁長官へと出世の階段を登った事だ。佐川氏は公文書の隠蔽、改竄、偽装など凡そ国家公務員にふさわしくない違法行為に関与したとみられるが、一体それは、何の為だったのか?
 実は、こうした疑問を早稲田大学の豊永郁子教授が指摘する。豊永教授はドイツの哲学者、ハンナ・アーレントの著作「エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」を引用する。ユダヤ人虐殺に関与、捕らえられて裁判にかけられたナチスの官僚アイヒマンが、実は、「ヒトラーの意志」を”忖度”虐殺行為さえ実行、自らの出世に使ったというのだ。
 「忖度」とは、他人の気持ちを推し量り、それを実行する事、一見、無私・無欲の行為と見える。だが、豊永教授の見方によれば、佐川氏は「忖度」を隠れ蓑に出世を果たそうとしたに過ぎないのかもしれない。
佐川氏と並んで加計学園問題で国会での嘘答弁が疑われた柳瀬元総理秘書官も、今や、経済産業省の政策担当トップに立身出世を果たしている。ハンナ・アーレント流に言えば、霞ヶ関の官僚は時の政権を隠れ蓑に違法行為を実行してでも出世を目指す集団となってしまったのだろうか?
 大阪地検特捜部は先月(5月)31日 森友学園への国有地の払い下げ問題で告発を受けていた佐川氏ら関係者38人全員の不起訴を発表した。特に、佐川氏について「嫌疑なしという証拠はない」と山本真千子特捜部長は語り、起訴できるまでの法律上の証拠が無かったという判断を示した。
 この結果は、検察としては出来る限りギリギリの決断をしたという事を示唆してもいる様だ。だが、これで、今回の、官僚による一連の”忖度”が”無罪”とされた訳ではあるまい。
陸井叡(叡Office)

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