選挙の季節に潜む闇—インドネシア

 来る2018年6月27日、インドネシアでは17州知事、39市長、115県知事の同時選挙が実施される。5年に一度の地方首長選挙であると同時に、来年に控えた総選挙および大統領選挙の行方を占う上で政治的に重要な位置づけにある。
 1998年からの民主化を受けて、インドネシアの各種選挙ではアメリカ的な選挙手法やメディア戦略、メディアでの報道が定式化している。3月に入り恒例の選挙報道が始まり、テレビ各局では主要な州知事選挙に関する特集を組み始めた。

公開討論会と世論調査
 去る3月12日夜、西ジャワ州知事・副知事の候補者4組による初の公開討論会が実施された。その模様は19時30分から2時間ほどにわたり、公平な報道で信頼度の高いコンパスTVで生中継された。討論会では各候補が陣営の「展望と使命」を明確にし、それに基づいて討論し会場からの各種質問に対応し、候補者間の質疑応答という形をとった。この公開討論会は高い関心を集め、翌朝の各種メディアではその討論会の要点と論点が再現された。
 この背景には西ジャワ州の政治的な重要性がある。首都ジャカルタ特別州を囲むように広がる西ジャワ州は、インドネシア全有権者の4 割が集中する。そのために各種テレビ公開討論会に先駆けて、西ジャワ州知事・副州知事候補者討論会が実施されたのである。
 公開討論会に先立ち、有権者の動向を探る世論調査が数種類おこなわれていた。数字的には差異はあるものの、概ね現バンドン市長のリドワン・カミルと現副州知事デディ・ミズワルが40%台で拮抗している。前者はインドネシア随一のバンドン工科大学卒、米カリフォルニア大学バークレー校で修士号を有する知識人であり、伝統的イスラムといわれるナフダトゥール・ウラマー系を中心とした4政党の支持を受けている。後者は元映画俳優・監督という経歴を持ち、民衆のあいだでの高い人気を誇り、ゴルカルと民主主義者党が支持を表明している。
 ちなみに第1回公開討論会では、リドワン陣営が高評価を受けたが、デディ陣営はこれからの盛り返しが必要という評価がついた。

選挙争点
 公開討論会やメディア報道を通して見えてきたのは、西ジャワ州における選挙の争点である。基本は汚職撲滅と地域経済の成長の二点である。これらは西ジャワ州に限定された論点ではなく、インドネシア全体に共通した課題でもある。
 汚職撲滅運動は2004年から2期10年のユドヨノ大統領時代から始まっていたが、いまだに構造的に汚職が存在する。近年目立つのは裁判官による汚職であり、この2月にも西ジャワ州タンゲラン市を舞台にした裁判官汚職事件が摘発されたばかりである。
 地域経済の成長は地方政府にとっては頭の痛い問題である。地方分権化の一環で地方政府が直接外国との投資交渉が可能となった。それが中国資本の流入を招き、中国人労働者の増加を伴うケースが増加した。そのために自立的な地方経済の成長が阻害されるという問題がある。
 これらの課題に対する全候補者の回答はインターネットの活用であった。従来重視された人的要素を極力排除して、インターネットを基礎としたシステム構築と効率化、その先にネット社会の構築を目指すという議論である。ここにはエリートのインターネットに対する過剰な期待と、そこから排除される大多数の市民の存在が見え隠れする。

脅威と反感
 ところで公開討論会では、社会の多数派であるイスラム教徒の不安を煽る場面があった。奇しくもそれはイスラム保守派のメディア戦略と重複する。
 一つは脅威である。イスラム保守派が望む社会の構築へ向けて、近年彼らはイスラムへの脅威を誇張する傾向がある。公開討論会でも元軍人と元警察官の州知事・副知事候補者は、精神異常者がイスラム教師を襲撃した件を事実として言及し、イスラム教徒の安全を確保する必要があるとの議論を展開した。2月に発生した本事案はデマであると、当局が確定している。しかし、イスラム教徒へのつくられた攻撃はソーシャルメディアで拡散傾向にある。
 二つ目は反感である。そこには潜在的な反華人感情を呼び起こすメカニズムがある。17年以降では、西ジャワ州チカランに建設中の大規模ニュータウン「メイカルタ」をめぐる問題に関連する。この事業は華人財閥リッポーが手がけ、三菱商事など日系企業も十数社参加している。華人名を想起させるメイカルタには中国資本も多く入り、高層マンションは中国人の投資先として人気を集め、中国が落札したジャカルタ−バンドン間の高速鉄道も経由する。これで中国と華人財閥主導で中国タウンが建設されるという危機となる。公開討論会ではデディがこの問題を取り上げ、地域開発は地元を利するものでなければならないと強調した。メイカルタは反華人、反中国感情の象徴的な存在である。
 イスラム保守派は脅威と反感を不安とともに強調し、それを打破するためのイスラム系エリートを基軸とした新秩序構築の機運をつくる。それは選挙政治を介して再生産されている。
山本信人(慶應義塾大学法学部教授)

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