したたかな北朝鮮を考える

 「抑止力」によって軍備の増強を思いとどませることができるのだろうか。北朝鮮が米国や国際社会の制裁と圧力に抵抗しながら核・ミサイルの開発を続けるのを見るにつけこう考えるようになってきた。
高性能の武器を新たに保有しようとするときの意味づけに使われるのがこの抑止力である。
 たとえば昨年末に防衛省が決めた「長距離巡航ミサイル」の導入。このミサイルの射程は現在配備中のミサイルの3倍~5倍も長く、軽く日本海から北朝鮮の平壌まで届く。しかもコンピューター制御によって超低空飛行や迂回飛行で迎撃をかわし、標的に命中させることができる。
 政府は「敵の基地攻撃を目的としない」と強調し、「離島へ侵攻してきた敵の上陸部隊や艦船を攻撃し、遠くの敵の艦船にも対応するものだ」と説明している。
 しかし敵基地攻撃の能力を持つことは確かで、専守防衛との整合性が今年の通常国会で問われることになるだろう。
防衛問題になると、新聞各紙の社説の主張は、おもしろいぐらいに右と左に分かれるが、軍備増強を認める新聞社説の論拠にもこの抑止力が使われる。
 昨年12月13日の読売新聞の社説は「抑止力向上へ着実に導入せよ」と抑止力を前面に出す見出しを掲げ、「様々な危機に効果的に対処するため、長射程の巡航ミサイルを導入する意義は大きい」と長距離巡航ミサイルの導入を評価する。
 そのうえで「長射程のミサイルで確実に反撃する手段を持つことは、相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力の向上にもつながる」と抑止力の論理を持ち出している。
 産経新聞の社説(昨年12月13日)も「日本の防衛力、抑止力を高める有効なものであり、これまで装備していなかった方がおかしい。導入の判断は妥当だ」と主張する。
 読売社説以上に長距離巡航ミサイル導入を評価し、「装備していないのがおかしい」とまで書き、「長い射程を生かし、対日攻撃をもくろむミサイル発射台を叩く『敵基地攻撃能力』へと発展させることが可能であり、そうすべきだ」と訴える。
「敵基地攻撃を目的としたものではない」との政府見解の枠を超え、「敵基地攻撃能力」の保持を肯定する。社説の最後は「国民を守る視点を優先しない議論は、日本の防衛意識を疑わせ、抑止力を損なう」と締めくくる。
 読売や産経は現実的で分かりやすい論調のように思われる。しかし結局のところ抑止力頼みなのである。
 一方、朝日新聞の社説(昨年12月13日)は読売や産経とは反対に「これほど長射程のミサイルがイージス艦防護や離島防衛に不可欠とは言えない。長距離巡航ミサイルの導入は、専守防衛の枠を超えると言うほかない」と指摘し、「むしろその導入は、敵のミサイル基地をたたく敵基地攻撃能力の保有に向けた大きな一歩となりかねない」と主張する。
朝日社説は「専守防衛に関わる重大な政策転換が、国会や国民への説明もないまま唐突に打ち出されたことだ」とも指摘する。
 「専守防衛」にこだわるところなどが少々鼻につくが、その主張は理解できなくもない。
ところで昨年1月にトランプ氏が米大統領に就任すると、北朝鮮は2月12日、新型の中距離弾道弾ミサイル「北極星2型」を発射、3月6日には弾道ミサイル4発を一斉に飛ばした。
 さらに国連安全保障理事会が制裁決議を採択していくと、北朝鮮はそれに反発して大陸弾道弾ミサイル(ICBM)を次々と発射。9月3日には6回目の核実験を実施した。
 11月上旬のトランプ氏の日本をはじめとする東アジア歴訪中は、米国の軍事力を東アジアに集中させる圧力をかけた効果で、ミサイルの発射はなかった。だがテロ支援国家に再指定されると、29日にはICBM「火星15」を飛ばし、青森県沖に落下させた。
 米国がその世界最高の軍事力で脅しても、北朝鮮は核とミサイルの開発をやめようとはしない。要するに米国の抑止力が効かないのである。
 北朝鮮の狙いはこうだろう。米国の軍事攻撃を受けないように米国本土を確実に狙えるICBMの発射実験を繰り返し、それに核兵器を搭載できるように開発していく。そのうえで米国と交渉する。
そうすれば国際社会に「核抑止力としての核保有」を認めさせられるし、軍備増強に割いてきた国の予算を他に回して国を経済的に豊かにすることができる。
 したたかな北朝鮮にどう対処したらいいのか。抑止力には限界があるし、一歩誤れば核戦争という最悪の事態にもなりかねない。ならばどうすればいいのか。どうやって北朝鮮を「対話」のテーブルに付かせることがきるのか。今年はそれを考え続けたい。
木村良一(ジャーナリスト)

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