ニュース国際発信の日々 ~KBS校閲委員の730日~ 

広がる「竹島上陸」の波紋~国益とジャーナリズムと国益

KBSに通い始めて3日目の朝だった。本館玄関の左手にある、大きなモニター画面が目に留まった。寄せては返す白波が岩に砕け、海鳥が飛び交う島は、あの見覚えのある竹島(韓国でいう独島)だった。ある時は晴れ、またある時は雨に煙る。時間、日ごとに変わる光景に、竹島の中継生映像だと分かった。地下鉄の安国駅や金浦空港駅の通路には、竹島のジオラマも設置されていることを知った。1982年生まれのK-POP「独島は我が領土」という歌がある。その一節「誰が何と言い張ろうとも独島は我らが領土」は、韓国の立場そのものだ。子どもから大人まで、「独島は我が領土(ドクトヌン ウリタン)」と歌い信じ込む国情に触れると、竹島は韓国統合の象徴に見えてくる。韓国で向き合う竹島問題からは、日本にいては決して感じえない「執念」を想起し、もはや信仰の域とさえ思えてくる。一方、日本政府は9月10日、尖閣諸島を国有化する方針を決め、中国各地に激しい反日デモが拡がった。暴徒化したデモに、日本の反中ナショナリズムと領土意識が高揚し、竹島をめぐる反韓意識をさらに強めたことも見逃すわけにはいかない。
竹島関連のニュースは9月以降も相次ぐ。悪化する日韓関係を伝えつつ、また煽る。ニュースは、当初の抗議や批判の応酬から、情報戦や経済の葛藤へと拡大し、さらに文化交流などにも影響を来すなど、日韓関係すべての分野へと波及していった。このうち、情報戦は広報合戦として火花を散らした。9月11日、日本政府は「竹島は日本固有の領土」とする新聞広告を国内のおよそ70の新聞に掲載し、韓国のメディアはこれを一斉に伝えた。中央日報は12日付の社説で、日本が危険千万な賭けに出たと伝え、「独島は日本の領土という話にならない広告を掲載しはじめた。これは韓国を刺激する明白な挑発だ」と論じた。私が校閲したKBSニュースは、「歴史的な後退として強く非難する」との、韓国当局者の発言をそのまま伝えた。その後、日韓双方とも動画を使ったインターネット上の情報戦へとエスカレートしていく。2013年10月14日、韓国外務省はそのホームページに「大韓民国 独島」と題する12分の動画を公開し、島の領有権を主張する。これに対し、日本の外務省は16日、「みなさん、竹島をご存知ですか?」と題する動画を公開。韓国メディアは「とんでもない映像」と表現し、韓国外務省は直ちに削除を求めた。一方、韓国の動画には、NHKのドラマ「坂の上の雲」の映像が無断で使われていたことが判明する。いったん削除されたあと、翌年元日に修正版が公開された。
経済関係への影響も大きかった。緊急時にドルを融通し合う日韓スワップ協定が10月末で期限切れとなる問題は、9日の日韓共同声明で、一部残して延長しないこととなった。中央日報は「経済報復開始か」との表現を使って伝え、左派系ハンギョレ新聞は「日本の度量のなさを示す通貨スワップの終了」との社説で、日本が韓国に圧力をかけるカードを使ったと論じ、日本の態度を「稚拙」と一方的に批判している。
竹島をめぐる日韓の対立は、さらに9月下旬の国連総会の場に持ち込まれることとなった。一般演説のなかで、野田首相が竹島問題を念頭に「法の支配」を強調すれば、韓国の金星煥(キム・ソンファン)外交通商部長官は国連の場で初めて慰安婦問題に言及し、歴史認識を持ち出して日本政府をけん制した。悪化する一方の日韓関係は、北朝鮮の核・ミサイル問題に対応する日米韓3か国の連携を損なう域まで達し、アメリカが日韓双方に平和的解決を促す結果となった。容易に好転することはなかったとはいえ、その後の日韓関係の推移をみれば、容易に理解することができよう。
竹島上陸に端を発した波紋はさらに広がりを見せる。日本の外交青書や防衛白書、さらに学習指導要領の解説書での竹島記述に対し、韓国側からはこれまで以上に厳しい抗議や批判が巻き起こった。竹島問題は、領土の帰属にかかわる「国益」の極みである。そのうえ、韓国にとっては「日本の帝国主義によって奪われた島」とする歴史認識の問題でもある。韓国メディアの論調は、妥協も譲歩もありえない国益第一のナショナリズムから逃れられないのも無理はないように見える。こうしたニュースを1本ずつ校閲し、日本に発信していく作業は、国益とジャーナリズムの在りようを凝視し、熟考する日々となった。また、日本人ジャーナリストであるという、「国籍」から逃れきれず、「エスノセントリズム」と葛藤するなかで、何とも悩ましい作業の連続でもあった。10月25日は、韓国の「独島の日」だ。校閲した原稿について、朱書きのメモが残っていた。その制定経緯について、「1900年の10月25日、当時の大韓帝国が独島を自国の領土と宣布した日を記念して制定したもの…」とある。メモでは、1905年、日本が「無主地としての竹島」を島根県に編入することを閣議決定し、2月22日に島根県知事が告示した日を「竹島の日」としていること、当時の竹島が無主の地かどうかが争点になっているとして、「独島の日」のニュースは「竹島の日」にも触れて伝えるべきと記している。
国益にからむ問題を見極め、どのように伝えるかは現実問題として極めて難しい。2008年4月、NHKによる海外向け国際放送をめぐって、NHK経営委員会の当時の委員長、古森重隆氏が「日本国民の立場に立って国益を主張すべきだ」と発言し、論議を呼んだことがある。ニュース国際発信では「国益」を報じると、「国の宣伝機関」になってしまうのだろうか。国益を尊重し過ぎれば、ニュース国際発信のジャーナリズムはエスノセントリズムに堕し、国際社会からの信頼をえることはできず、生き残ることはできまい。報道の最高倫理である「真実の報道」を徹底し、偏狭な国益を克服し、平和、安全、人権など普遍的な利益(Universal interest)を追究するほかなかろう。
2014年3月、KBSワールドのホームページにも「独島」コーナーが設置された。「独島は歴史的にも、地理的にも、国際法上も明確な大韓民国固有の領土」と明記している。今ではあの中継生映像がウエブ上でも見ることができ、公共放送KBSも竹島の領有を主張する情報戦を担っていることになる。
竹島問題を発信する普遍的利益とは何か。韓国のメディア関係者とじっくり話し合ってみたい。

羽太 宣博(NHK元記者)

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