アメリカ大統領選挙と世論調査~他山の石として考える~

 アメリカ大統領選挙は民主・共和両党の候補者選び、本選とほぼ一年の戦いが終わった。先月(11月)8日トランプ氏が勝利宣言、翌日のクリントン氏の敗北宣言、そして、先月28日最後まで確認作業が残っていたミシガン州でもトランプ氏の勝利が決まって大統領選挙は最終的に終了した。(ウィスコンシン州では第三党の要求で再集計が行われるが、結果に影響はないようだ)  その最終集計によると、全米の得票はクリントン氏48.1% 6446万9963票。トランプ氏が46.5%6237万9366票だったが、選挙人獲得数ではクリントン氏の232人に対しトランプ氏は306人となって、来年(2017年)1月20日からアメリカ・ホワイトハウスの主はトランプ氏と決まった。クリントン氏は全米得票では一位だったが、大統領には次点のトランプ氏が就任するというアメリカ大統領選挙の仕組みがなせるわざであるが、何れにしても、当初、共和党候補の一角に名乗りをあげた”トランプの冗談”が、大接戦の末とは言え、とうとう”ホントの話し”となってしまった。こんな筈ではなかったという今年6月24日のイギリスEU離脱の国民投票の結果にも通じるものがある。どちらも、”小差”が劇的な変化をもたらした。
アメリカ大統領選挙の結果については、多くの事前の世論調査が”外れた”。では、調査が見逃したものは、何だったのか?何故、冗談がホンモノとなる変化を捕まえられなかったのか?
二つの問題点を考えてみる。まず、調査手法に限界があるのか?もう一つは、ジャーナリズムがアメリカ社会の変化を深く切り取って分析し、将来を見透す能力を失いつつあるのではないかというものだ。
最初の問題点。世論調査の手段として一般的になっている固定電話だが、アメリカでもすでに利用者は減って、モバイルが急増している。調査会社は過去の投票結果などのデータをもとに固定電話の調査結果を修正しており、今のところ、モバイルが調査対象から漏れても致命的な問題ではないとしている。結果として、今回の全米トータルの得票率・得票は”外していない”。しかし、肝心の各州単位、特に二人が激しくせった州では、調査結果は必ずしもあてにならなかった。寧ろ接戦州では予想を裏切って、僅差でトランプ氏が勝利を続けた。
各州単位の調査では、調査標本の数が、規定より極端に少なく、不正確な調査例もあったという指摘がある。背後には、調査会社の資金不足という問題が横たわり、さらに、調査会社に 資金を提供する地方新聞社の多くが今やネットなどにおされて経営が苦しく調査に十分なお金を使えないという現実もあるようだ。
では、次は、主要ジャーナリズムは、アメリカの重要な変化に気付いていなかったのではないかという点だ。実は、フランスの経済学者トマ・ピケテイ氏が今回の結果について分析の一つとして、アメリカの人種構成で白人がなお3/4を占めている事を指摘している。この白人の70%がトランプ氏に投票した。特に、内陸の白人が多い州、そして、多くは鉄鋼、自動車などかってのアメリカ経済の中核産業で働き、豊かだった労働者が多い州ほどトランプ票が伸びた。「中国や移民が仕事をとった」などのトランプ氏の”アジテーション”が白人の不満を吸い取った。そうした州の労働者の多くはこれまで民主党支持だっただけに、トランプ氏躍進の原動力となった。
一方、トランプ氏がどこまで意図していたか不明だが、ジャーナリズムは、トランプ氏のTVタレントとしての長い経験にもとずく高い”マーケティング能力”を見抜けなかった。特に、TVでトランプ氏の女性蔑視、人種差別、移民排斥などを思わせる発言出れば出るほど不満がたまる白人層にアピールした。今回の選挙でタレントとして視聴率が取れるトランプ氏を積極的に登場させたTVの功罪はきちんと議論されるべきではないか。又、一方でNYタイムスなどアメリカの主要紙のほとんどが反トランプの社論を掲げながら世論を動かしたとは言えないようだ。新聞ジャーナリズムは無力なのか?この点も検証が必要だ。
さて、日本でも世論調査をめぐり問題が指摘されている。最近では、国政レベルの選挙で予測が大きく”外れた”例はない。だが、その多くは、最近の自民党圧勝のような大差がついた選挙の予測だった。果たして、接戦となった時はどうか。アメリカ大統領選挙の結果を他山の石として更に検討すべきだろう。特に、日本でも、ジャーナリズムは何かを見落としているのではないかという”警戒心”あるいは、”緊張感”持ち続ける事が大切ではないか。
陸井 叡( 叡Office )

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