<ジャーナリストをめざす若い人へ> 取材競争とは何のため? ~パナマ文書をめぐって~

 先月(6月)9日、東京・港区内幸町の日本記者クラブでいつもは取材する側の2人の記者が多くのマスコミ関係者から質問を受けていた。会見したのは朝日新聞社特別報道部の奥山俊広、共同通信社特別報道室の澤康見の両氏。テーマは「パナマ文書」についてだった。朝日新聞社と共同通信社は既に今年4月4日の世界的な報道解禁日に合わせて「パナマ文書」が明らかにした日本関係者の一端を報道していた。今回の2人の会見は、その経緯を説明するものだった。
今年1月23日、文書を南ドイツ新聞経由で入手した国際的な非営利調査報道組織ICIJから、まず、奥山氏に協力依頼があり、その後、澤記者が参加したことを二人が明らかにした。「ライバルの朝日新聞記者と協力して取材するという、信じられないような要請だった」と澤記者は率直に当時の困惑を語った。そして、ロシアのプーチン大統領側近のタックスヘイブンとの関わりを取材するロシア国内の記者とは複雑な暗号を介してメールで情報交換が行われている事も明らかにした。記者の安全を守るためだという。
アメリカのお膝元、小さな国 パナマ。これといった産業はない。だが、極端に安い税制のメリットを求めて世界中の企業や富裕層がここに拠点(現地法人)を置く。本国で払うべき税の節税、そして脱税、更に資金の洗浄(マネーロンダリング)に使う。パナマ政府は、原則、知らぬ存ぜぬ、だ。こうした拠点を管理する法律事務所の一つから流出した内部文書、それが、「パナマ文書」だ。
世界200カ国21万社の企業の銀行口座情報など、1970年から最近まで40年間の文書、電子メール1150万点がリークされた。電子データの量は2.6テラバイトになるという。文書を受取ったICIJの分析の結果によると50カ国の政府首脳ないしはその関係者ら著名人140人の情報が含まれているという。
ICIJ(International Consortium Of Investigative Journalists)はアメリカのワシントンD.C.に本部を置く。ここに文書が入ったのは、昨年の2月。76カ国370人余りの記者が膨大な電子データの解読、分析、取材(いわゆる裏取り)に取り組んだ。
さて、ここまでして本来ライバル同士の世界各地の記者が協力する目的は何か?共同通信社の澤記者の”困惑”について考えてみよう。
ジャーナリストは競争を当然の事と考えてきた。だが、パナマ文書報道は、これまでの取材競争について当然、とするだけで良いのか考える一つのきっかけを提供したようだ。
例えば、スクープ合戦。最近の政治取材。安倍首相が、消費税先延ばしと衆参同時選挙を決めるのかどうかで取材競争はデッドヒートした。だが、安倍首相と”特殊”なパイプを持つとされる読売新聞が最も的確な報道を続けた。同時に、読売新聞は政治評論では、終始、安倍政権寄りとされ、それゆえにスクープ情報が提供されたとする指摘もある。別の例として、政治家の汚職捜査にあたる東京地検特捜部が、特定の新聞社にスクープ情報をリークして世論を誘導する事が過去にあったとされる。他社との取材競争に”夢中”になる余り、ニュースソースが仕掛ける罠にはまってはいないか?
今回のパナマ文書報道では、実は、ロシアのプーチン大統領側近や中国の習主席の家族の疑惑が指摘はされたが、核心を突くものは未だない。こうした、大国の独裁者の闇は、多分、一人の記者では勿論、一新聞社でも取材は難しい。
パナマ文書の世界的な報道解禁日から間もない今年4月6日。実は、疑惑が指摘されたウクライナのポロシェンコ大統領は、たまたま、日本訪問中で、予定された記者会見に臨んだ。疑惑について「問題ない」と声を張り上げて英語で反論を繰り返していたが、ついに、ロシアの国営通信社タスの記者には「(私に質問する時間があるなら)ウクライナから戦車を引き上げるよう、プーチン大統領に言ってくれ」とまくしたてて会見場を後にした。国際的なジャーナリスト達の”共闘”はこれからも欠かせないのではないか?
陸井 叡(叡 Office )

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