「爆買いの聖地」の地価上昇

 大阪市中央区心斎橋筋2丁目8番5号――。大阪・ミナミの心斎橋筋商店街の、この一角がにわかに話題を集め出した。国土交通省が3月末に発表した公示地価(1月1日時点)で、商業地では心斎橋筋の「旧ヤマハ心斎橋」の上昇率が全国トップの45.1%となったからだ。都道府県別でみても、大阪府が前年比4.2%の伸び率でトップ。背景には何といっても、この2、3年のインバウンド(訪日外国人)の増加、中でも中国人の来阪者の急増がある。こうした動きに伴って、ホテルや「爆買い」に対応する物販店などの建設計画も急増した。「地盤沈下」が代名詞だった大阪・関西の街に最近、大いに活気が感じられ出した。
 久しぶりに訪れた心斎橋筋商店街は通行人であふれていた。「ごった返す」とはこんな場面を表現するのだろう。大きな買い物袋を抱えた人、スーツケースを引きながら歩く人、首からカメラをぶら下げた人、旗を掲げた女性の後から歩く一団――。おそらく、半数ぐらいは中国人ではないだろうか。聞こえて来る話し声は、ほとんどが中国語だ。どのドラッグストアも、外国人の買い物客であふれている。拡声機を片手に、中国語で客寄せする飲食店もある。大通りに出ると、大型観光バスが何台も並んでいた。
 地価公示の中で、商業地の上昇率の全国トップ10のうち6地点を大阪市内が占めた。そのうちの4地点は、心斎橋筋はじめ道頓堀、宗右衛門町、難波などミナミだった。「周辺はホテルの建設ラッシュだ」と朝日新聞は報じている(3月23日大阪本社版)。この記事の中で「ビジネスホテルでも1泊3万円近くするのは珍しくない」との地元町会長の話を紹介している。大阪市内のホテル不足は慢性化の状況になっている。
 大阪観光局の集計では、2015年に大阪府を訪れた外国人旅行者数は716万4000人。前年の2倍近い急増ぶりで、伸び率は全国の47.1%を大幅に上回っている。国・地域別では、中国が最も多く、前年の約2.7倍の271万6000人。次いで韓国が50%増の108万人で、台湾、香港とアジア勢が続く。このアジア4カ国・地域で全体の75%を占めている。
 大阪観光局は大阪府、大阪市と経済界が協同で組織している公益財団法人。観光を成長戦略の柱に据え、官民一体で取り組もうと、昨年4月、従来の組織を衣替えした。その際、第2代観光庁長官として「観光立国」の旗振り役を担った溝畑宏氏を、理事長兼局長に迎えた。大阪観光局は、インバウンドが増加した理由として、円安で訪日旅行が割安になっている、関西国際空港の格安航空会社(LCC)がわが国最大の拠点になった、観光宣伝効果が効果を挙げてきた、などを挙げている。ビザ(査証)の発給要件の緩和や免税店の増加なども追い風となった。
 中国人客はこれまで、関西空港から入国して京都をさっと見物、新幹線で移動して富士山観光を楽しんで東京で買い物、成田から帰国する「ゴールデンルート」が定番だった。ところが最近、関西空港から入国した中国客は京都、奈良、神戸などの広域を巡り、大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)で遊び、ミナミで買い物や食事をして関空から帰国するコースが増えているという。関西の観光価値がようやく認められ出した、と関係者は喜んでいる。
 中でも、心斎橋筋を中心としたミナミは、コンパクトな範囲に、デパート、家電量販店、ドラッグストア、免税店など「爆買い」の環境が整っていることが人気を集め出したようだ。地元大阪では、心斎橋を中心とした一帯を「爆買いの聖地」と呼んでいる。
   観光振興は、大阪・関西活性化の切り札のひとつ。「爆買い観光」は関西にとって救世主、と言っていいかも知れない。溝畑大阪観光局長にインタビューして、大阪の観光振興についての考えを聞いた際、「関西にはクオリティーの高い観光資源がいっぱいあるのに発信力が弱い。理屈ではなくアクションが大切。愚直に実行することが必要」と強調していた。最近の動きを一過性のブームに終わらせない、「おもいやり」を込めたきめ細かな観光戦略が求められる。
七尾 隆太(元朝日新聞編集委員)

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