「化血研の不正」 薬はだれのためにあるのか

一般財団法人・化学及(および)血清療法研究所(化血研、熊本市)が、40年以上も前から血液製剤やワクチンを未承認の方法で製造し、その事実を隠蔽していた。昨年暮れのニュースである。化血研は薬害エイズ訴訟(民事)の被告企業のひとつで、激しい批判にさらされ、猛反省したはず。それがなぜ、患者を裏切るような行為を続けていたのか。あの反省は嘘で塗り固められたものだったのか。薬害エイズの問題を取材しきた新聞記者のひとりとして驚かされるばかりだ。
昨年12月2日、化血研を調査していた第三者委員会が調査報告書を公表した。その報告書によると、化血研は1974年以降、血液製剤やワクチンを製造する過程で起きた問題を解決するため、添加物を勝手に加えるなどしていた。血液製剤は人の血液から作られる医薬品だ。国から承認された方法とは異なる製法にもかかわらず、承認申請をしていなかった。致命的な安全上の問題はないというが、医薬品は患者の命に直結する。本当に大丈夫なのか。
なぜ化血研は国の承認を受けようとしなかったのか。ひとつが1980年代後半から90年代前半の薬害エイズだ。輸入された非加熱製剤にエイズウイルス(HIV)が含まれ、社会問題となり、東京地検が捜査する大事件にも発展した。国は加熱された安全な血液製剤の国内での増産を求めた。化血研はこの方針に従って利益を得ようと、早期生産や安定供給を最優先したという。
もうひとつが研究者のおおごりだ。「自分たちは製薬の専門家。厚労省よりも知識がある。製造方法を改善しているのだから多少ごまかしても問題はない」という体質が化血研にあった。第三者委員会も同じように指摘している。
隠蔽工作は研究者集団だけにかなり凝ったものだった。国の査察で不正が見破られないようにするため、紫外線を照射して製造記録書を過去のもののように古く見せかけ、筆跡も過去の関係者のそれに似せていた。
第三者委員会は「極めて悪質な違法行為を組織的に隠蔽した」と断じた。その通りである。医薬品医療機器法(旧薬事法)に基づいて立ち入り調査を受け、業務改善命令などの行政処分を科されるのは当然だ。生物テロなどに使われる危険があるボツリヌス毒素を無届けで運搬していた問題も浮上、厚生労働省は刑事告発に踏み切るべきである。
薬害エイズ訴訟で化血研は被害者側と和解した1996年3月、「安全な医薬品を消費者に供給する義務があることを深く自覚し、最大の努力を重ねる」と誓約していた。しかし、この時期にはすでに隠蔽工作が進められていた。開いた口が塞がらない。
化血研の不正問題の根底には、血友病患者を中心に約1500人がHIVに感染し、約600が亡くなった薬害エイズと同じ「産・官・学」の問題が潜んでいる。
薬害エイズ事件では、HIVに汚染された非加熱製剤を出荷していた製薬会社(産)、国民の生命を守るべき職務上の義務がありながら有効な対策を取らなかった旧厚生省(官)、血友病患者に非加熱製剤を投与し、HIVに感染させて死亡させた医師(学)が、それぞれ業務上過失致死の罪に問われ、産・官・学の癒着の構造が指摘された。
今回の化血研の不正では産と学に相当するのが化血研。官は薬害エイズと同じく厚労省である。
前述したように化血研は生産効率を上げるため、未承認の方法で血液製剤やワクチンを製造する不正を繰り返し、それを巧みに隠してきた。歴代の経営陣は不正を知りながら見て見ぬふりをして隠蔽工作に関わった。順法意識や規範意識がことごとく欠如していた。患者を軽視し、企業利益を優先させる企業風土が染みついていた。製薬企業といっても一般財団法人で母体は熊本医大。研究所としての性格が色濃く残り、産と学が同居していた。
関係者によると、一部の幹部に権力が集中するなかで血液製剤をほぼ独占的に製造。その結果、組織が閉鎖的になり、品質管理部門が機能不全に陥っていた。
一方、厚労省は40年以上も続いた化血研の不正を見抜けなかった。東京から遠い熊本で、厚労省の目が届きにくいという点もあるだろうが、基本的に検査や指導が甘く、安全性を監視する態勢が弱かった。薬害エイズ事件では官の不作為が問われたが、その教訓が少しも生かされていない。健康被害は行政の不作為で広がる。行政は被害を小さく見積もり、たいしたことはないと保身に走る傾向がある。厚労省も監督責任を厳しく問われるべきである。
医薬品はだれのためにあるのだろうか。製薬企業や行政、研究機関のためにあるのではない。患者のために存在する。この当たり前のことを忘れ、患者が不在になると、決まって不正が横行する。 
木村良一(ジャーナリスト)

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