『日航・松尾ファイル』の出版(番外編) 組織のゆがみが事故を招く

メカニックの修理ミス
 新聞記者時代から感じていたことだが、組織がゆがむと、事故が起きる。拙著『日航・松尾ファイル』で扱った航空史上最悪の日航ジャンボ機墜落事故もそうだった。
 事故機(国籍・登録番号JA8119)は7年前の1978年6月2日、大阪国際空港で着陸時にしりもち事故を起こし、機体尾部を破損している。日本航空は修理を機体製造元の米ボーイング社に任せた。だが、下側半分を新しく交換する後部圧力隔壁の修理で、メカニック(作業員)がミスを犯した。その結果、隔壁の強度が7割に落ち、飛行を繰り返すうちに金属疲労から亀裂が生じ、隔壁は飛行中に与圧空気によって風船が破裂するように破断した。
 後部圧力隔壁は与圧された客室と非与圧の機体尾部とを仕切っている大きな壁だ。直径4メートル56センチ、深さ1メートル39センチのお椀の形をしている。破断部位から噴き出した与圧空気の力は強く、垂直尾翼を内側から吹き飛ばすとともに機体をコントロールするすべての油圧系統を破壊した。機体は操縦不能となった。機長たちは何が起きたか分からないまま、32分間の迷走飛行を強いられた末、午後6時56分過ぎ、群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落した。520人が死亡し、助かったのは女性4人だけだった。これが1985年8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故である。あの大事故から来年でちょうど40年となる。

■杜撰な修理指示書
 拙著では「28 修理ミスの理由」の199~200ページにかけ、元日航取締役(技術・整備担当)の松尾芳郎氏の見解を踏まえながら修理ミスを犯した理由について書き記したので抜粋してみよう。
 〈しりもち事故当時から日航とボーイング社を結ぶパイプ役で、日航側の窓口だった松尾芳郎は、修理ミスが起きた理由やその背景についてどう考えているのか〉と前置きした後、松尾氏の見解を取り上げた。
 〈「FRR(修理指示書)をメカニックが読み違えて作業した結果、修理ミスを犯したのだろう」〉
 〈「なぜ修理ミスが起きたかというと、エンジニア(技術者)とメカニックの間に壁や塀があったからだ。エンジニアは塀の向こう側からメカニックに指示を投げ渡すようなところがある。ボーイングの工場を見学する機会がしばしばあったが、このような関係を見聞した。エンジニアとメカニックの意思疎通が不十分だった」〉
 〈「しかし、現場の最高責任者のE.N.スタンフォードの書いたFRRが殴り書きではなく、丁寧に分かりやすく書かれていれば、あるいはメカニックにきちんと説明していれば、修理ミスは起きなかったはずだ」〉
 FRRは「Field Rework Record」の略だ。ボーイング社の修理チームの中でエンジニアからメカニックに指示する作業内容を記したものであり、作業現場での修理記録でもある。上下の隔壁の接合部に中継ぎ板を1枚差し込む修理方法については、修理指示書の「FRR 8―B」に図解入りで説明されていた。
 だが、杜撰で乱暴な書き方だった。松尾氏によれば、その結果、作業員がFRRを読み間違えて中継ぎ板を2枚に切り分けて差し込むというミスを犯した可能性が高い。
 ここで重要なのが、「壁」「塀」「意思疎通の欠如」だ。エンジニア(技術者)はメカニック(作業員)を見下していたのだろう。両者の間にわだかまりがあったのかもしれない。そんな感情が肥大化すると、意思の疎通ができなくなり、組織内の風通しが悪くなる。組織のゆがみやひずみであり、最悪の場合、これが事故を招く。

■紅麹サプリの被害
 ところで、死者を出すなど多くの消費者が健康被害を受けた「紅麹(べにこうじ)サプリメント」の被害も、小林製薬(大阪市)という会社組織のゆがみが引き起こしたのではないか。
 今年5月のメッセージ@pen(「サプリの制度」安全性を見失うことなかれ)でも指摘したが、小林製薬の対応の遅れはひどい。最初に健康被害を把握してから消費者庁に届けるまで2カ月以上も経過していた。初めての死亡事例も厚生労働省まで報告されていなかった。あわてた厚労省は急きょ製品の廃棄命令を出すよう大阪市に深夜、通知している。小林製薬は当初、死亡者は5人としていたが、6月28日には因果関係の疑われる死亡者が新たに76人も判明した。その後も死亡事例などの報告漏れが相次いだ。業績の悪化を懸念しての対応の遅れだとしたら許されない行為であり、言語道断だ。
 厚労省は9月18日、原因物質について製品の原料に混入した青カビ由来の「プべルル酸」が腎障害を引き起こしたとする調査結果を公表した。プべルル酸は毒性が非常に強く、腎疾患を引き起こす。厚労省は3月30日の記者会見の時点でプべルル酸に言及し、「紅麹菌から自然発生することはなく、製造過程で混入した」とみていた。青カビは工場の培養室や培養タンクから見つかっている。
 これまでの小林製薬の対応は人命にかかわる問題だとの危機意識を大きく欠き、消費者の健康や安全を軽視している。

■医療事故や薬害も同じだ
 安全を軽視するような小林製薬の体質はどこから来るのだろうか。小林製薬は7月23日に臨時取締役会を開き、8月8日付で創業家出身の会長と社長が辞任する人事を決めた。新社長には初めて創業家以外の取締役が就いた。しかし、完全な創業家依存からの脱却ではなく、辞任した会長は特別顧問、社長は取締役として残った。厚労省や消費者庁、それに私たち消費者が小林製薬の今後を厳しく監視する必要がある。
 小林製薬は100年以上の歴史を持ち、6代続けて創業家出身者が社長を務めてきた。典型的な同族経営だ。オーナー企業である。トップの鶴の一声で重要な経営方針が決まる。業績の良いときはいいが、悪化するとどうしても利益優先に走り、トラブルを防ぐための企業ガバナンスを見失う。安全の意識が欠如し、品質管理が落ちて事故を引き起こす。同族経営の欠点である。今回の紅麹サプリメント被害の背景にはこうした組織のゆがみが存在すると思う。
 組織のゆがみやひずみが事故に結び付くのは、日航ジャンボ機墜落事故のような航空事故だけではない。小林製薬の紅麹サプリメント被害で示したようなケースもあるし、他にも病院や製薬会社にゆがみが生じると、医療事故や薬害を引き起こす。行政や国家にひずみが発生すると、社会が混乱し、ときには戦争が起きる。それゆえ、少しでもゆがみの兆候が見えたらすぐに点検・検証することが肝要だ。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

墜落事故の原因となった後部圧力隔壁。日航安全啓発センターに展示され、上半分と下半分がそれぞれやぐらの上で固定されている。写真は2006年4月19日に報道陣に公開されたときに撮影された=東京都大田区羽田空港(写真提供・産経新聞)
問題の「修理指示書(FRR 8―B)」。Pの右横が隔壁の修理方法を示した図。図も文字も杜撰で乱暴な書き方だ。Pはボーイング社のプロダクトの頭文字だという。拙著の裏表紙と本文129ページに掲載している。
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