「サル痘の異例の感染拡大」原因は変異か、それとも人間側の問題か

■WHOは事態を憂慮し、今後もPHEICを検討する
 アフリカで流行していた「サル痘(モンキー・ポックス)」が、これまで感染のなかった欧米で急速に広がっている。異例の事態である。このほど、WHO(世界保健機関)は緊急委員会を開いて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC、フェイク)に当たるかどうかを協議した。その結果、6月25日(日本時間26日)に「現時点でPHEICには当たらない」と発表した。しかし、この異例な事態を深く憂慮し、必要になれば再び専門家による緊急委員会を開くことを明らかにした。
 感染の拡大は5月初めごろに始まり、WHOは6月17日、サル痘が定着しているアフリカ6カ国(カメルーン、コンゴ民主共和国、ガーナなど)と定着していない35カ国から計2000人を超える感染者が確認されたことを公表した。アフリカ以外で死者はないものの、35カ国のうち大半がイギリス、スペイン、ポルトガル、ドイツ、イタリア、アメリカなどの欧米各国だった。一方、アメリカのCDC(疾病対策センター)によれば、28日までに49の非定着国・地域で4769人の感染者が確認され、このうちアメリカが300人以上だった。
 これまで日本ではサル痘の感染者は見つかっていないが、外務省はHP(ホームページ)上で「サル痘を風土病としない複数国での発生」とのタイトルを付けて世界の発生状況をまとめ上げ、渡航者に注意を呼びかけている。

■濃密な接触で男女関係なくだれにでも感染する
 サル痘はWHOが1980年5月に根絶宣言を出した天然痘(疱瘡、痘瘡)によく似た症状(発熱と全身の発疹)が出る感染症だ。1958年に実験用のカニクイザルで最初に確認され、この名前が付いた。もともとはリスやネズミなどのげっ歯類が自然宿主で、病原体は天然痘ウイルスや牛痘ウイルスと同じオルソポックスウイルス属のウイルスだ。2~4週間で自然治癒するが、体力のない子供が重症化して死亡することもある。
 感染者の血液や体液に直接触れたり、飛沫を浴びたりすることで感染する。疫学調査で患者の多くが男性同士の性的接触だったことが分かっている。だが、特定の集団の感染症ではなく、密接な接触によって男女関係なくだれにでも感染する。ネズミなどに噛まれて感染するケースもある人獣共通感染症だ。
 このままヒトからヒトへの感染が続くと、やがて動物の間でも感染が広がり、欧米の国々に定着する危険性がある。根絶後に予防接種が中止された天然痘ワクチンは、発症後でも高い効果が認められているため、カナダなどでは備蓄ワクチンを使って予防接種を再開している。日本で子供に天然痘ワクチンが最後に打たれたのが1976年で、40歳代後半以上の世代には抗体があり、サル痘には罹患しないという。

■変異を重ねながら感染力を増し、人間の世界に定着するのか
 ところで、感染症の流行を考察する場合、ウイルスや細菌などその病原体のサイドから考える方法と私たち人間サイドから見るやり方がある。
 今回のサル痘の異例の流行、非定着の国・地域での感染拡大をウイルスサイドから考察するのに欠かせないのが、変異である。これまでサル痘ウイルスは変異しにくいといわれてきた。しかし、ポルトガルの国立衛生研究所のチームが6月24日に医学誌「ネイチャー・メディシン」に発表した論文によると、同チームが感染者15人から分離したウイルスの遺伝子配列を解析したところ、いずれもナイジェリアで見つかったウイルスに近く、単一のウイルスから感染が広がった可能性が高い。さらに遺伝子の配列に約50の変異が見つかった。この変異の数はサル痘ウイルスや近縁のウイルスで起こる変異の6~12倍に相当し、専門家は「ヒト・ヒト感染を繰り返すなかで変異し、サル痘ウイルスが人間に感染しやすくなっている可能性がある」と指摘している。
 新型コロナウイルスも当初は、安定していて「変異はない」とみられていた。だが、変異ウイルスのアルファ株、デルタ株、オミクロン株、そしてオミクロン株から派生したBA.1、BA.2、BA.5、XD、XEなども登場し、人間により感染しやすくなっている。サル痘ウイルスも変異を重ねながら感染力を増し、人間の世界に定着しつつあるのかもしれない。

■ウイルスと人間の両サイドから原因を突き止めろ
 WHOは今回の感染拡大の特徴として、➀発疹が性器や肛門の周辺などの一部にしか現れない②発熱などの前に発疹が出るーことを挙げる。感染していることを自覚しないまま他人にうつし、感染を拡大させているところがある。この特徴はサル痘ウイルスの変異の結果として生まれたのか。それとも、人間が様々な薬やワクチンを投与してきた結果なのだろうか。病原体サイドと人間サイドの両面から考えていく必要がある。
 サル痘はアフリカの風土病だ。特定の地域でアウトブレイク(限定的流行)を繰り返してきた。それが道路が整備され、航空機が乗り入れるようになると、人間の往来の拡大とともに感染も広がった。
一方、前述したように天然痘はワクチンによって根絶された。天然痘根絶の成功で、私たち人間は「感染症は克服できる」と考えた。だが、天然痘根絶宣言からわずか1年後の1981年には、エイズウイルス(HIV)が出現し、全世界に広がった。サル痘の異例の感染拡大も同じではないか。
 天然痘が根絶できたのは天然痘ウイルスが人間だけに感染する病原体だからだ。野生動物の体内にも存在するサル痘ウイルスの根絶は不可能だ。ならばどうすればいいのか。ウイルスと人間の両サイドから異例な感染拡大の原因を突き止め、ワクチンや治療薬を適切に使ってサル痘をコントロール(制御)する必要がある。
木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

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