韓国大統領選:ガタガタと国際秩序が軋む中で

1)最終盤の韓国大統領選
 韓国大統領選挙が最終盤に入った。ロシアによるウクライナへの侵攻、相次ぐ北朝鮮のミサイル発射など、国際情勢が緊迫するなか、投票日が3月9日に迫った。今後の5年間、韓国を導く大統領を誰に決するのか。隣国の選挙とはいえ、東アジア情勢にも関わりは深く気にかかる。
 選挙戦は、革新系与党「共に民主党」のイ・ジェミョン候補、政権交代を目指す保守系最大野党「国民の力」のユン・ソギョル候補の、2人の接戦が続いている。両候補ともに自分や家族の疑惑が影響して、支持率は上がったり下がったりだ。「異例な大統領選挙」と評される由縁でもある。ユン候補は年明けに選挙対策本部の刷新を図って支持率を回復させ、比較的有利な情勢だった。しかし、直近の世論調査では、再び両候補が首位を競い合い、時に入れ替わる、「誤差の範囲内」での戦いが続く。これまでの経緯からして、最終盤の激戦は予想通りなのかもしれない。
 2月中旬、支持率3位の中道系野党「国民の党」のアン・チョルス候補がユン候補に「野党候補の一本化」を提案した経緯がある。交渉はわずか1週間で決裂したものの、今の最終盤での接戦となれば、その行方は政権交代を目指す動きとして注目されよう。

2)選挙戦は「ポピュリズム」色
 与・野党両候補の選挙戦は異例尽くめである。その根っこにあるのは、2人ともに国政経験のないことだ。国政課題への理解が不足ぎみで、政策論争は低調のまま推移し、スキャンダル合戦が続く。また、財源を無視した公約は「ポピュリズム」と評される。有権者にとっては、各候補の大統領としての魅力・資質を判断する材料が乏しいことになる。
各候補によるテレビ討論が2月初旬から始まり、これまでに4回行われている。1回目(3日)と2回目(11日)の討論では、イ候補はソンナム市長時代の都市開発を巡る不正疑惑、ユン候補の場合は家族の不正疑惑をめぐって激しい論争になったという。また、コロナ禍による経済格差・救済策、若者の雇用対策などが喫緊の課題であったなか、3回目(21日)のテーマはまさに経済となった。しかし、中央日報(23日付け社説)は、「候補の識見を聞く最後の機会」のはずが、またも疑惑追及の場になったと論じている。また、「人身攻撃性の発言をくり返す水準なら、なぜ国民が貴重な時間を割いて討論を見なければならないのか」と手厳しく批判している。
 韓国は今、国内外に深刻な課題が山積している。メディアが揃ってビジョンに欠けた選挙戦を批判するのは無理もない。「内憂外患に『崖っぷち』 経済危機意識も解決策もない候補者たち(東亜日報社説)」「暴言の数々と枝葉的な論争だけ(中央日報社説)」「将来の展望・・・ビジョンが見えない(ハンギョレ)」など、批判の言葉・表現は尽きない。
4回目(25日)の討論は、「外交と安全保障」がテーマだった。緊迫化するウクライナ情勢に、討論の中身が一変する。ポピュリズムはもう許されない。

3)緊迫する国際情勢の中で  
 2月下旬、ウクライナ情勢が緊迫化する。軍事力を使って一方的に現状を変えるロシアの行動は、ミサイルの発射でアメリカや韓国を挑発する北朝鮮とも重なる。北朝鮮は、この年明けから極超音速ミサイルや中距離弾道ミサイルなどを8回発射し、異様である。北朝鮮の核・ミサイル開発が確実に進化し、一部実用化されたとも言われている。
 国際社会の厳しい現実を目の当りにし、北朝鮮と向き合う韓国の国民の不安・懸念にどう答えるのか。25日のテレビ討論が注目されたのは言うまでもない。まず、ウクライナ情勢について、与党のイ候補は「重要なのは戦わずに済む平和だ」と述べ、朝鮮半島の緊張を高めてはならず、朝鮮戦争の終戦宣言の重要性を訴えている。これに対し、野党のユン候補は「確固とした抑止力と先制攻撃能力により、戦争は防ぐことができる」と述べ、米韓同盟による強い抑止力が朝鮮半島の平和の維持に欠かせないと強調している。
 両候補のやり取りで見逃せない一節があった。ロシアのウクライナ侵攻について、イ候補は「ウクライナで初歩政治家が大統領になり、NATO加盟を公言してロシアを刺激し、衝突した」と述べた件である。これに対して、ユン候補は「イ候補は紙とインクの終戦宣言を強調するが、北朝鮮が核開発を放棄していない状態ではウクライナのように脅威となる」と反論している。イ候補は政治経験のないユン候補を意識した発言とはいえ、ロシアの軍事侵攻がウクライナ大統領の未熟さに起因するかのような物言いは到底認められるものではない。両候補の北朝鮮政策はこれまでと大差ないが、朝鮮半島の平和を実現する方策の違いが鮮明になったことだけは間違いない。

4)問われる国際秩序観
 ウクライナに対するロシアの軍事侵攻は、暴挙というほかない。自衛または国連の強制措置以外の武力行使を認めていない国連憲章に明確に違反している。また、力を行使して国際秩序を一方的に変更するもので、断じて許されるものではない。ミサイルで攻撃されるキエフの市街地、隣国に避難する市民の映像は、21世紀のものとは到底思えない。
確かに国際社会は、軍事力、経済力それに世論を使って、外交交渉を有利に進め、国益を実現する現実が横行する。その一方、第2次大戦を教訓に、法の支配や正義という価値観を共有する国々が連帯して、国際秩序を築いてきた歴史もある。今回のロシアのウクライナ侵攻では、国連をはじめ、G7、EU、同盟国同士が挙って立ち上がり、ロシアに経済制裁を科し、ウクライナからの撤退を強く求めている。
 こうした国際社会の現実を踏まえて、韓国は次の大統領として誰を選ぶのだろうか。アジアでは今、中国が南・東シナ海で海洋進出を強め、香港、台湾問題も微妙だ。北朝鮮の核・ミサイル問題は解決に向かう気配もない。米韓、日米韓、日韓関係の先行きも気に掛かる。韓国は経済規模10位のアジアの先進国である。
その大統領選挙は、ガタガタと軋む国際秩序との向き合い方、「国際秩序観」が問われることとなる。
 
羽太 宣博(元NHK記者)

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