中国・習近平政権の乱暴な振る舞いは百歩譲っても許せない

■中国共産党は本当に成功したのか

 8年前の「メッセージ@pen」(2013年8月号)で、「ジャーナリストにはことあるごとに思い出し、記憶にとどめる努力を怠ってはならない取材対象がある」と生意気に書き出したことがあった。ライフワークの移植医療の問題を取り上げた記事だったが、今回の原稿も8年前と同じような思いが沸き上がり、書こうと決めた。

 ここ数年の中国の乱暴な振る舞いである。百歩譲ったとしても許せない。私の専門分野ではないが、ジャーナリストとしてどうしても主張しておきたいと思った。

 7月1日、中国共産党が創設100年の祝賀式典を北京の天安門広場で開いた。党総書記で国家主席の習近平(シー・チンピン)氏は時折小雨が降るなか、式典に集まった7万人の党員を前に「中国を世界第2位の経済大国に押し上げたのは共産党の実績だ」と誇り、こう演説した。

 「1921年7月の創設以来、共産党は欧米の勢力に打ち勝ち、中華民族の偉大なる復興を実現するため、政治制度の基盤を築き上げてきた。共産党の指導は中国社会主義の頂点であり、欧米の民主主義とは今後も決別する」

 1921年の党創設当時、党員数は労働者を中心に50人ほどだった。それが100年で9500万人以上にも膨れ上がった。しかも党員の大半はホワイトカラーだ。中国共産党は政治的には一党独裁体制を堅持し、経済的には資本・自由主義の有益性を模倣し、中国国家を貧困から脱出させた。そして経済大国にのし上がった。その意味では中国共産党は成功したのかもしれない。

繁栄の裏には多くの流血や犠牲がある

 習近平氏は創設100年の祝賀式典の演説の中で、中国の一部と主張して軍事的な脅しや圧力をかける台湾を「統一を実現することが党の歴史的任務」と訴え、強制力と言論弾圧で民主派を一掃した香港については「これからも国家安全維持法により民主主義を取り締まり、長期的な繁栄と安定を維持する」と強調していた。

 習近平政権の強権的かつ覇権主義的な行動をもう少し挙げてみよう。大きな軍事力を背景に東・南シナ海のサンゴ礁の海を埋め立て人工の軍事要塞を築き、沖縄県の尖閣諸島を「中国の領土の不可分の一部」と主張し、周辺海域では中国海警船が侵入を繰り返しては日本漁船を追い回す。国際社会のルールに背く行動であり、断じて許されない。

 ジェノサイド(集団殺害)が国際問題になっている新疆(しんきょう)ウイグル自治区に対しては台湾や香港と同じように「絶対に譲ることのできない核心的利益で、他国の口出しは内政干渉だ」と世界にアピールし、基本的人権を踏みにじり、巨大経済圏構想「一帯一路」に属する国々にはアメとムチを使って支配下に置こうとしている。

 外交だけでなく内政的にも中国の繁栄の裏には、大躍進運動、文化大革命、天安門事件と多くの流血や犠牲がある。すべて中国共産党のこの100年間の過ちだ。にもかかわらず、トップの座に君臨する習近平氏は言いたい放題である。

■毛沢東のように敬意を受けたいのか

 習近平政権は中国政府の正当性を強くアピールし、相手国を強い言葉で罵倒する。「戦狼外交」と呼ばれる好戦的外交戦術である。なぜ、習近平氏は世界の平和と安定を軽んじ、中国共産党の繫栄を執拗に求めるのか。

 自らの権力をさらに高めたいからだ。報道によると、習近平氏は来年の党大会で定年制のルールを廃し、トップの地位の続投を目指す。しかも建国の父、毛沢東が就き、現在は廃止されている「党主席」の地位を復活させ、自ら就任しようとしている。創設100年の祝賀式典で演説したとき、習近平氏は天安門広場に掲げられている毛沢東の肖像画と同じ灰色の人民服を着ていた。毛沢東のように敬意を受けたいのだ。

 習近平氏は堅固な共産党1党独裁国家が経済的に豊かになればなるほど、より多くの国民が自分の前にひれ伏すと考えているようである。戦狼外交もその考えを実現するための手段なのだ。世界一の14億を超える人口を養うには必要なのかもしれない。そんな習近平氏に従う輩も多い。だが、習近平氏の思想は歪んだ正義である。

歪んだ正義は必ず滅び去る

 習近平氏にとって民主主義を攻撃し、消滅させることこそが正義だ。歴史上、どんな戦争も正義のために他国民を殺害した。敵は悪で、味方は正義だ。異端者殺しも反革命者への弾圧も、ナチスによるユダヤ人の虐殺も、すべて正義の名のもとに行われた。どんなむごい行為も、それが正義の名のもとに実行されると、国民は是認し歓喜する。

 正義は普遍的なものではない。習近平政権の正義と日本や欧米の民主主義国家が求める正義は、真逆に位置する。習近平氏は正義に普遍性がないことをよく理解している。だから民主主義との決別を強調し、国民を鼓舞する。習近平政権にとって中国共産党の思想こそが正義なのだ。

 しかしながら、私たちの国際社会のなかでは世界の平和と安定こそが正義であり、歪んだ正義は必ず滅びる。

 習近平政権下の中国はアメリカとの関係が悪化し、IT産業に欠かせない半導体の輸入も滞っている。日本など周辺国との摩擦も大きい。欧州でも中国を批判する国は多い。内政的にも一人っ子政策の失敗から、少子高齢化の大波が寄せている。国民の間の貧富の格差の広がりは、とどまるところを知らない。

 国際社会には中国を真っ当な道に導く責任がある。巨大国家の中国が傾くと、世界中の国が被害に遭う。時間はかかるが、日本と欧米の民主主義国家が力を合わせて強固な対中国包囲網を築き上げ、それをテコに政治的かつ経済的に習近平政権をうまく誘導するべきである。

■安全保障上の「懸念」かそれとも「脅威」か

 ところで、日本政府は7月13日に「防衛白書」(2021年版)を発表した。その内容はこれまでと違い、激化する米中対立に焦点を当てた特集ページを新たに設け、安全保障上の悪化の理由を中国の国力が増したことによる「パワーバランスの変化」と指摘。中国軍の行動が活発化している台湾情勢についても「日本の安全保障はもとより国際社会の安定にとって重要」との見解を初めて示した。

 これに対し、中国政府は「中国の国防や軍事活動を不当に非難し、一方的に騒ぎ立てている」「日本のインド太平洋構想は歴史的逆走の産物で、ゴミの山に掃き捨てるべきだ」などと相変わらず激しい口調で抗議していた。

 これもよくあることだが、防衛白書についての朝日新聞の社説(7月14日付)と産経新聞の社説(16日付)の主張は正反対だった。

 朝日は「中国に対する全般的評価は、『安全保障上の強い懸念』であるという、昨年の表現を踏襲した。防衛省内では、『脅威』など『懸念』より強い文言とすべきかをめぐって議論があったようだが、最終的には前回同様に落ち着いた。妥当な判断といえる」と評価し、産経は「中国を苛立たせた白書だが物足りなさもある」と指摘し、「中国を『脅威』と明記せず、昨年同様、『わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念』とするにとどめた点だ。白書に反発し、尖閣を奪おうとすることこそ脅威の証だ。脅威の認識を明確にしなければ国民に危機感が十分に伝わらず、外交や防衛政策を展開しにくくなる」と書く。

 産経新聞OBだからではないが、今回は産経の主張に賛成したい。軍事的に中国の行動を批判する以上、中国に無用な気は使わず、「脅威」とすべきだと思う。        

木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

※2013年8月号の「メッセージ@pen」

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