米韓首脳会談と“問われる”ムン政権

  1. 米韓同盟は修復したか

 5月21日、米韓首脳会談がワシントンで行われた。日米に続く米韓の会談は、同盟国とアジアを重視するという、バイデン大統領の外交姿勢を象徴するものとなった。アメリカが中国との対決姿勢を強め、韓国が親中・親北の姿勢を拭えないなか、会談の焦点は北朝鮮の非核化と対中国政策をめぐって、米韓がどう折り合うかであった。

 共同声明は、まず北朝鮮の非核化について、2018年の南北首脳会談で署名した「パンムンジョム宣言」と米朝首脳会談で合意した「シンガポール声明」を踏まえて、北朝鮮との対話を継続し、「朝鮮半島の非核化」を目指すことを再確認したと記している。また、アメリカは米朝対話の窓口として新たに北朝鮮担当特使を任命したほか、韓国が強く求めた「南北関係の独自性」を認めている。今回の会談で、米韓は北朝鮮との対話による「完全な非核化」の実現と、韓国の南北融和策を確認し合ったことになる。対中国政策では、中国の名指しを避けながらも、「台湾海峡での平和と安定維持」、「南シナ海での平和と安定、国際法の尊重」、「クアッド(日米豪印4か国による協議体)の重要性」という、アメリカが強く求めた表現を盛り込んでいる。また、今回の会談を機に、米韓は半導体、バッテリー、5G・6Gネットワークなどの経済協力を強化することとなった。双方の歩み寄りによって、アメリカは緩んだ米韓同盟の引き締めを図り、韓国は中国との関係に配慮しつつ、軍事的、経済的にアメリカ陣営に一歩踏み込んだものと見て取ることができる。米韓同盟は修復したのであろうか。

  1. 米韓首脳会談とムン政権

 共同声明は、今回の会談を「(米韓)パートナーシップの新たな1ページ」と表現している。会談を終えて韓国に戻ったムン・ジェイン大統領は、「最高の歴訪であり、最高の会談だった」と述べ、その成果を強調している。ムン政権を支える韓国与党「共に民主党」の代表は、「歴史に長く残る」「国の品格が感じられる会談だった」などと絶賛したという。また、韓国メディアも、「韓米同盟が正常化の道に入った」「韓米同盟の強化を再確認した」などと伝え、会談の意義や北朝鮮との対話路線を評価している。しかし、対中政策については、事情が異なる。保守・革新系ともに中国を意識し、慎重な論調が目立つ。革新系ハンギョレ新聞は24日付けのニュースで、声明が「台湾海峡や南シナ海の平和と安定」に言及したことについて、4月の日米共同声明と比べて「緩やかな表現」に止めたと強調している。また、「クアッド」に関連しては、「地域多国間主義の重要性」という、差し障りのない表現を使ったうえに、韓国の参加問題には触れず、「アメリカは韓中関係の複雑さを理解している」と伝えている。保守系東亜日報も24日、「対中国で協力を確認した韓米…」と題する社説で、「どこにも中国を直接ねらった内容はない・・・アメリカの立場を支持しながらも積極的に加担するつもりはないという慎重な外交」と論じ、「米国との同盟を堅固にしつつ、中国との協力も失わない韓国の外交力が注目される」と結んでいる。

 これに対して、中国は24日、米韓の共同声明が「台湾の平和と安定の重要性」に触れたことを捉えて、「台湾問題は中国の内政問題だ」「関係国には火遊びをしないよう促す」と批判している。しかし、日米の共同声明に対する厳しい反発と比べ、「穏やかな反応」との受け止め方が一般的だ。ムン政権の高官は同日、「中国側とは必要な疎通をしてきている」と明らかにしている。会談や共同声明の内容について、韓国が中国側に事前に伝えていたことが伺え、中国の反発も予想の範囲内だったと見ているように思える。

  1. バイデン大統領のアジア戦略

 今回の米韓首脳会談をめぐる韓国の動きは、客観的に評価する必要がある。米韓の両首脳が初めて「台湾問題」に触れたとはいえ、韓国が従来からの親中姿勢を転換したわけではない。アメリカが対中国政策への参加を望んできたのに対し、韓国は中韓関係を損なわない範囲で受け入れ、中国への直接的な攻撃に映らないよう折衝したものと見るべきであろう。こうした実相に照らせば、ムン大統領やメディアも含めた韓国側の反応は、いずれも韓国を取り巻く事情にのみ焦点を合わせ、都合よく解釈・評価したものと見て取れる。米韓首脳会談が注目された背景には、揺れ動く北東アジア情勢がある。その基軸ベクトルの一つ、アメリカのアジア戦略を看過してはならない。

 アメリカの立場からは、米韓首脳会談はどう評価できるのだろうか。朝鮮半島の平和と安定に向け、アメリカは韓国の立場を理解する姿勢を示した。一方、対中国政策では、「台湾」「南シナ海」「クアッド」の言葉を盛り込んだものの、具体的な方策は何ら示していない。アメリカは、韓国がこだわる中韓の関係に配慮し、軍事的安全保障を棚上げする代わりに、半導体や5Gなどの経済的安全保障で連携し、緩んだ米韓同盟の維持・強化を図ったものと言えよう。バイデン政権はすでに3月以降、韓国との協議では「中国」に一切触れることがなく、「対中けん制」で韓国を考慮しない「コリア・パッシング」の状態にあった。韓国は「クアッド」への参加を強く求められなかった点を大きな成果としているが、逆にアメリカが同盟国としての韓国の立場を絶えず問いかけていることを理解する必要がある。

  1. 待ったなしのムン政権

 バイデン大統領は就任から4か月余りが過ぎた。この間、同盟関係とアジアを重視する外交が際立つ。日米に続く米韓の首脳会談はその足掛かりだ。また、バイデン外交が本格化するための出発点でもある。これから何が待ち受けているのであろうか。

 北朝鮮は31日、米韓首脳会談に初めての反応を示した。米韓が韓国のミサイル開発を制限する指針を撤廃したことについて、国営の朝鮮中央通信が論評し、「朝鮮半島での軍備競争を助長している。情勢を激化させている張本人が誰なのかを示している」として、北朝鮮に対する敵対行為と非難している。米韓が「朝鮮半島の非核化」を目指して合意した、北朝鮮との対話路線に、北朝鮮が応じるかどうかはさらに不透明になっている。また、東シナ海や南シナ海では、超大国を目指す中国が軍事的な存在感を高めている。バイデン大統領は、これに危機感を強め、厳しさを増す米中の対立は新たな局面に入っている。

 アメリカとの首脳会談を終え、韓国は日本と同様に国際社会における役割が問われる正念場を迎えている。ムン大統領は任期がすでに1年を切り、支持率が下落する傾向にある。経済の立て直し、コロナ禍、次期大統領選挙への対応など課題が多いなか、ムン大統領は6月11日から13日までイギリスで開かれるG7首脳会議に出席する。今回のG7の目的は自由主義諸国の連携を広げ、覇権主義を強める中国に対抗するものだという。「共通の課題と価値観を共有できる友好国」として招待されたムン大統領は、激動する国際社会、アジアでどんな役割を果たすのか。同盟国アメリカを含めたG7の参加国によって、待ったなしで問われることとなる。

羽太宣博(元NHK記者)

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