ミニゼミリポート 日本のイスラム社会を知る

2021年3月17日、2020年度最後のミニゼミが開催された。今回は「移民問題」を題材に、外国人や外国人労働者に対する差別の実態について、研究所所属の教授3名と学生5名が、ジャーナリストとして活躍しているOBOGとともに議論を交わした。具体的な事例として、学生3名がそれぞれ「イギリスにおける東欧系移民」、「在特会と在日韓国人」、「日本におけるイスラム社会」についての調査・取材を重ね、考察を報告した。それを基に、教授やジャーナリストから見識を伺い、日本における外国人・外国人労働者に対する差別の背景について様々な視点から検討を行った。以下からは、ミニゼミ内で取り扱ったテーマの一つ「日本におけるイスラム社会」を担当した私の取材体験と、そこから得ることが出来た学びを報告させて頂く。尚、以下に掲載した写真は全て私が撮影した。

 まず、私が訪れたのは、新大久保の「イスラム横丁」である。「イスラム横丁」は、約10年前から形成され始めた外国人コミュニティの一つである。私が訪れたのは夕方から夜にかけての時間帯だったが、このコロナ禍でも、軒を連ねたハラール・ショップに多くの買い物客が集まり、賑わいを見せていた。

「イスラム横丁」では、2人のムスリムにお話を聞く事ができた。一人は、バングラデシュ系の食料品を取り扱う「ジャンナットハラルフード」の店員、Lさん(38)だ(本人のご希望により、ここではイニシャルで名前を表記する)。Lさんは、バングラデシュの首都ダッカ出身で、奥さんと2歳の息子さんを残して1年前に来日したという。お金を貯めて数年以内には帰国したいと話すLさんに、英語で日本の好きなところと嫌いなところを聞いた。前者に関して、「規律があって秩序立っているところと、日本人の親切さ。」と答えてくれた。「じゃあ、後者は何ですか?」と聞くと、「本当にないよ。まぁ、ほんのたまに差別してくる人はいるけどね。」と一言。それ以降切り口を変え質問してみたものの、口数が少なくなってしまったので、「また来ます。」と店を後にした。その後、Lさん以外のスタッフ数人にもお話を聞いてみたものの、日本語が流暢に話せる方はなかなか見つからず、たとえ英語で会話出来たとしても、お互い母国語が英語ではないこと、また、警戒心を抱かれることから、日本におけるムスリムへの差別の実態を深掘りしていく難しさを感じた。

もう一人お話を聞くことができたムスリムが、ビリヤニが有名なレストラン「ナスコ」で出会ったロッキー・アブダルさん(63)だ。父方がスリランカ系、母方がイエメン系のハーフの方で、中学までスリランカで過ごした後、イギリスで教師になるための勉強をしていたと話す。表現が悪いが、カタコトの日本語を話すため、滞日歴は浅いと勝手に判断してしまったが、聞けば日本に来て30年以上が経つという。ロッキーさんは敬虔なムスリムで、お酒と煙草は避けて生きてきたこと、ラマダンの教えを守り抜いてきたことを力説してくれた。小1時間程話をし、打ち解けてきたのを感じた私は、「ムスリムだからっていう理由で、何か嫌な思いをした経験ってあるんですか?」と聞いた。ロッキーさんは、「昔はあった。9.11の時とかは、指をさされて「あなた、オサマ・ビンラディンね」って言われること、結構あったよ。」と話してくれた。「最近はあるんですか?」と聞くと、「まぁ、ISの時はちょっとあった。でも、最近はないね。」と一言。私が聞く間もなく、ロッキーさんは可愛がっている一人娘の話をし始めた。考えすぎかもしれないが、これ以上聞かないで欲しいという圧を感じた。

「イスラム横丁」にあるモスクにも足を運ぶことができた。知る人ぞ知るこのモスクは、綺麗とは言い難い雑居ビルの中の小部屋にあった。女性用が3階、男性用が4階と分かれていて、私は特別に両方の部屋に入ることを許可された。ちなみに、簡易的なモスクのことを、ムサッラーと呼ぶらしい。

モスクが入っている雑居ビル
女性用のモスク(礼拝の時間外だったため、写真を撮らせて頂いた)

「イスラム横丁」を後にした私は、翌日、代々木上原にある「東京ジャーミィ」を訪れた。アラビア語で「集まる」という意味から来ているのが「ジャーミー」と言う呼び名で、「東京ジャーミィ」は、80以上あると言われる全国のモスクの中でも最大規模を誇っている。

「東京ジャーミィ―」(トルコ風の建築様式が特徴的な建物)

私がモスクを訪れた時は、政治的理由で日本に移住したウイグル族の人々が、本国で亡くなった母親の葬式を執り行っていた。「参加者を尊重して、ウイグル式の葬式を準備した。」と、「東京ジャーミィ」のスタッフでもあり、ムスリムでもある下山茂さんが教えて下さった。

「東京ジャーミィ」のモスク内

建物内で一番見かけたのは子供たちの姿だった。やっと一人歩きを始めた幼い子供から高校生くらいの少年の集団まで、それぞれがそれぞれの場所で自由に時間を過ごしていた。「イスラム横丁」が日本という異郷の地で食べていくための手段の結集地だとすれば、「東京ジャーミィ」はアイデンティティを守る家だった。

 以上が取材報告である。今回の取材で痛感したのは、市井の人々から差別に関する話を聞き出すことの難しさであった。自分の身に置き換えて考えれば当たり前のことだが、「日本で何か差別されたり、嫌な経験をされたりしたことはありますか。」と聞いても、「無い。」と答える人がほとんどで、その後切り口を変えて聞こうとしても、濁されてしまうパターンが多かった。取材したうちの3人(ロッキーさんの他に、イスラム横丁で出会ったナイジェリア人の方と、東京ジャーミィで出会ったシリア人の方)からは連絡先を頂くことが出来たため、今後も話を聞き取り、個人的な関心テーマとして追い続けたい。

島田早紀(慶應義塾大学法学部政治学科3年)

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