シリーズ「5年後、コロナ後の世界」Ⅲ 中国は“コロナ格差”を解決できるか?

 コロナ禍があぶりだしたことは世界中で格差が拡大していることだ。当然、ジニ係数(2018年)でみてトップの南アの0・62に次ぐレベルの0・468の中国も例外ではない。

 習近平総書記は8年前には年収4000元(約6万4000円)に達しない1億人の貧困者がいたが、20年には消滅できたと、その功労者を表彰する式典を人民公会堂に数千人の人を集め大々的に催した。これは、今年7月、共産党創設100周年を迎えるが、その周年行事で「小康社会の全面的な達成」を宣言するための布石なのだ。小康社会とは、ややゆとりのある社会といった意味で、中国の総設計師とされる鄧小平が定めた国家目標だ。その国家目標が達成されたとすれば、同慶の至りである。

 だが、鄧小平は、後輩たちに「韜光養晦」という訓示を残している。「小康社会」が実現できるまでは、ひたすら経済成長を追い求め、外に向かって大きな顔をするなという諫めで、中国版吉田ドクトリンだ。しかし、WTO加盟という大きな梃子が働き中国は世界の工場となり、年率9%という高度成長を長く続けることができた。最早、「韜光養晦」の薄衣をかなぐり捨て強い中国を前面に打ち出しても良いではないかとの声が上がり、その勢力が宮廷クーデターを起こしたのが2006年の拡大外事工作会議だ。この勢力に担がれたのが習近平で、この会議で穏健派の李克強と党での序列が入れ替えられ、総書記への道が開かれたのだ。

 新冷戦はドナルド・トランプ氏がもたらしたものだという見方もあるが、上記で見たような経緯をみれば、習政権はもともと対外攻勢を運命づけられているのだ。すでに鄧小平の諫めを破って、隙あらば制海域を拡張するなど、対外攻勢にある。したがって、習近平氏が強引な形で貧困層はなくなったとの数字をつくり、小康社会が達成されたと宣言したいのも鄧小平の諫めを乗り越え、対外攻勢へのフリーハンドを握りたいからに外ならない。

 「先富主義」でひたすら経済成長を追い求めてきた中国も格差社会の危険を承知している。その危険を、また格差解消の困難さをも承知しているからこそ、習一派は、ビッグピクチャーとしては自尊心を高める「大中華民族の復活」を唱える一方、ユーラシアに覇を競う「一帯一路」政策を打ち出した。そして、コロナ禍の隙を突いて、南シナ海では公然と領有を主張し、東シナ海においても公船を尖閣諸島の日本の領海域へ進入させたり、空母「遼寧」を太平洋海域、ハワイ沖に遊弋させたりしている。これは何かと言えば、1982年に、つまり鄧小平の下で、当時の軍事委員会副主席、劉華清が、「韜光養晦」の諫めが解けた後の海軍中期計画における目標として、国防第一列島ラインを2010年までに、第二列島ラインを2020年までに達成するという目標の「達成」を意味する。これも100周年への記念碑で、習は5年に1度開かれる22年秋の共産党大会で異例の3期目を視野に入れている。毛沢東を目指すというのだ。

 小康社会は習の定義でよいのか。20年5月に「月収1000元(約1万6000円)の人がまだ6億人いる」と発言し、内外に波紋を投げたのは、李克強首相だ。

 社会主義の道を歩むのは、ともに豊かになることを実現するためである。毛沢東は「共同富裕」と表現した。WTO加盟で中国を高度成長へと導いた鄧小平は、これを時間差で実現すればよいと、まずは経済効率を優先すべきと「先富主義」を掲げた。しかし、中国が世界の工場に大躍進した背景は、毛沢東以来の農民を都市住民と区別した農民戸籍を持つままの状態に置き格差を固定し、農村では食べていけないがために、恵まれない賃金なり報酬で甘んじて都市で働きつづけさせる、清華大学の秦暉教授が中国版アパルトヘイトと糾弾したものだった。農村人口が枯渇し中国の賃金は上昇し始め、農村戸籍と都市戸籍の格差も是正させつつある。だが、時間差のある平等社会への回り道構想に関しては、総設計師の鄧も指示を残さなかったため、利権を守ろうという勢力に押された習一派は、李一派の提言する所得再配分策を退け、大衆の不満を対外攻勢で解消しようとしている。これは、格差が内向的な姿勢を生むアメリカと対照的だ。

 毛独裁の弊をいやというほど味わった鄧小平は、最高意思決定機関として常務委員会を設け、委員の改選時に68歳ならば引退するという七上八下という「潜規則」としての定年制をしいた。習近平氏は憲法を改正して国家主席に関しては3選への道を開くなど、いくつかの「潜規則」は打ち破ったが、常務委員会と「七上八下」だけは厳として残っている。コロナ禍への米中の対応の違いから中国のGDPがアメリカを抜くのが早まり2028年ごろになるとの予測は習一派への追い風だ。その一方、強国路線を掲げる習指導部は米欧との摩擦が絶えず、新型コロナウイルスの発生、ウイグル問題や香港問題でさらに溝が広がっている。トランプ政権で、ペンス演説が飛び出したのも習独裁が固まったと見たからだ。しかし、社会の不満が高まるようなことがあれば、「七上八下」を梃子に、李一派が習独裁の見通しをひっくり返すこともあり得るのだ。

髙橋琢磨(元野村総合研究所主席研究員)

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