バイデン外交と岐路に立つ韓国

1)動き出したバイデン外交
 同盟の再構築を掲げたバイデン外交が動き始めた。2月17日から19日にかけて、NATO・北大西洋条約機構の国防相会議、中国をけん制するためのインド太平洋戦略構想「クアッド(日・米・豪・印)」の外相会議、G7(主要7か国)首脳会議などが相次いで開催された。一連の会議では、安全保障をめぐる多国間協議で、アメリカの果たすべき役割が焦点となったのは言うまでもない。また、トランプ政権で離脱した地球温暖化対策のパリ協定に復帰し、WHO・世界保健機関からの離脱方針も撤回している。国連人権理事会にはオブザーバーとして復帰し、今秋には理事国に立候補するという。政権発足から1か月余りで、バイデン政権は「人権、民主主義、法の支配」という価値観に基づく同盟関係を強化する姿勢を明確に示すこととなった。加えて、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」とは真逆の、国際協調主義への復帰を強く印象づけるものとなった。
 北東アジアは今、日・米・中・韓・北朝鮮の国益が複雑に絡み合うなか、米中対立と北朝鮮の非核化という、経済、安全保障をめぐる難問に直面している。日米と米韓同盟、そして日米韓の連携を基軸にアジア戦略を組み立ててきたアメリカは、バイデン政権の下、どんな外交を展開していくのだろうか。
2)バイデン政権に呼応する韓国
 バイデン政権の登場とともに、韓国が際立つ動きを見せている。ムン・ジェイン大統領は、バイデン政権の発足した1月20日に新しい外交部長官を内定し、すでに就任させた。チョン・ウィヨン前国家安全保障室長である。チョン長官はムン政権発足から2020年7月まで、韓国の外交安保の司令塔として、南北対話や日米韓の協議に深く関わってきた。ほぼ同時期に駐日韓国大使も交代している。戦時徴用工と元慰安婦に損害賠償を認めた裁判などで、最悪の日韓関係の改善にも取り組む姿勢を見せる。ムン政権としては、同盟重視のバイデン政権に呼応し、米韓同盟と日米韓の連携を重視する姿勢を示す狙いがあるのだろう。
 米韓首脳による電話会談が2月4日に行われた。韓国大統領府は両首脳が「韓米の同盟関係を一段階アップグレードすることを約束した」と発表した。また、朝鮮半島の非核化に向けて緊密に協力し、「速やかに包括的な北朝鮮戦略を策定する必要があるとの認識で一致した」という。チョン長官とアメリカのブリンケン国務長官の電話会談も12日に行われた。韓国側は「韓米日の協力の続くことが重要だという共通認識を得た」としている。しかし、首脳会談であれ、外相会談であれ、米韓の立場に微妙な違いのあることが気に掛かる。そこに、ムン政権の本性が浮かび上がってくる。
3)バイデン外交に呼応する韓国
 米韓双方の立場の違いは、韓国メディアが明確に伝えている。韓国大統領府が成果を強調した韓米首脳会談について、中央日報は「ムン-バイデン大統領、最初の電話会談から見解の違い鮮明に(5日)」と題し、両国間の立場の違いを「温度差」と表現している。また、ホワイトハウスの発表では「対中けん制を念頭に置いた概念や表現がほぼ抜けていた」と指摘し、米韓同盟を地域限定の「東北アジアの核心軸」と表現したと伝えている。さらに、アメリカは日米同盟を「インド太平洋の礎」、米豪同盟を「インド太平洋と世界の錨」と表現しているとし、バイデン政権が対中けん制戦略上、重視する同盟を暗に示したものと論じている。
 一方、米韓首脳会談に先立つ1月26日、中韓首脳会談が開かれている。ムン大統領は「中国の国際的地位や影響力が日々強まっている」との賛辞を送ったという。これに関連して、朝鮮日報はアメリカの次期上院外交委員長の民主党議員とのインタビュー記事(3日)を掲載した。このなかで、この議員はムン大統領に失望したと述べ、「(中国共産党の価値は)私たちが世界や韓国と共有している価値ではないという点を理解していることを願う」とのべたという。また、「こんなことをしようと思って、我々は共に血を流し韓国の防衛と朝鮮半島非核化のために資源を投入し続けたわけではない」と批判したとも伝えている。ムン政権の公約、南北融和を目指すチョン長官についても、アメリカから厳しい指摘が出ている。チョン長官は5日の国会人事聴聞会で、「キム・ジョンウン委員長は非核化の意思を持っている」と改めて述べたという。これに対し、アメリカ国務省からは「(北朝鮮の核開発は)国際社会の平和と安全保障に対する深刻な脅威」で、「非核化の意思を示すものは見当たらない」との厳しい反論が上がっている。チョン長官が道筋を付けた米朝首脳会談は、結局北朝鮮に非核化の意思がなく、暗礁に乗り上げたままである。この現実に照らせば、アメリカの反応は当然のように思われる。
4)岐路に立つ韓国
 
 韓国は米韓同盟を後ろ盾に中国・北朝鮮と向きあい、世界が驚くほどの速さで経済成長を遂げた。かつての最貧国は今、指折りの先進国となった。その韓国は今、中国への経済的依存度を高め、朝鮮半島の地勢学的立場からも中国寄りの外交を展開する。強固だったはずの米韓同盟は徐々に緩み、揺れている。また、北朝鮮の核開発を差し置いて、ムン政権が南北融和に固執するあまり、「離米、従中・従北」などとも揶揄されている。その矢面に立つムン政権にとって、同盟の強化と国際協調主義で中国・北朝鮮と対峙しようという、バイデン政権の登場は、軋む米韓同盟や日米韓の連携の在りようを根底から問うことを意味する。バイデン外交に呼応するムン大統領の言動は、アメリカの圧力と批判をかわし、減ずるための、いわば「おもねり」とみることもできよう。
 アメリカは、中国をけん制するための戦略として、「自由で開かれたインド太平洋」を目指す「クアッド+(拡大)」や首脳会談の開催調整、5G通信網などで中国製品を排除する「クリーンネットワーク構想」、さらに半導体やレアアースなどを調達するサプライチェーンの見直しなどを打ち出している。こうした戦略に対し、韓国はいずれにも参加の意思を表明していない。今後、米韓同盟の立場から、韓国の責任が求められよう。
 ムン大統領の任期は残り1年余りとなった。アメリカと中国の間に立って、これまでの「ツートラック外交」あるいは「二股外交」を続けていけるのか。韓国は今、その岐路に立つ。
羽太 宣博(元NHK記者)

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