シリーズ「五年後、コロナ後の世界」Ⅱ コロナ生活苦のエッセンシャルワーカーらの最低賃金をほぼ倍増するというアメリカ・バイデン政権の格差対策を注視する

アメリカの貧困、格差問題を象徴する集団が鎮痛剤中毒に陥った白人男性を中心とする、働こうとしない700万人の男女だ。筆者が、この問題に気づかされたのは、保守系シンクタンクAEIのニコラス・エバーシュタット研究員の『 仕事なき男たち(邦訳なし)』に出会った時だ。どうして保守系シンクタンクなのかといぶかっていた矢先、つまり2016年の大統領選挙で、この集団に気づき、彼らに政治参加を求めたのがトランプ候補だった。

当選したトランプ氏は、「非常事態」を宣言し鎮痛剤汚染の撲滅に取り組んだ。賠償をもとめる訴訟を起こし、鎮痛剤のトップメーカー、パデューファーマを倒産に追い込んだ。

トランプ氏は自分たちのために働いてくれた。それが7400万票となった。だがエバーシュタット氏が失業率は役立たない、雇用率でみるべきだという、その率がコロナ禍で10ポイント低下した。リーマンショックの倍だ。努力の成果が出なかった苛立ちがトランプ氏の戦いを先鋭化させた。その象徴がトランプ氏の強い教唆による連邦議会乱入事件だったということになろう。

では8100万票を得て当選したジョー・バイデン政権は格差問題にどう対応するのか。コロナ禍でエッセンシャルワーカーの報酬があまりに低いことに皆が気づいたというタイミングをとらえ、最低賃金の連邦規定を、15ドルに引き上げることが第一歩となろう。最低賃金は、州の規定として10ドル以上に設定しているところが15州あるが、連邦規定としては2009年に取り決めた7.25ドルに据え置かれたままで、形の上では倍増になる。

このため産業界の一部は猛反発している。これに対し、財務長官に任命されたジャネット・イエレン氏は、最低賃金引き上げが雇用主を疲弊させることも、雇用機会の減少も、それは杞憂だと退けた。バイデン政権の経済チームの念頭にあるのは、貧富の格差の解消に止まらず、現代が、1930年代と同様に、分配における不公平がゆえに需要不足をもたらしていることだ。1930年代にはGM中興の祖、アルフレッド・スローンが自社の製品を買う顧客がいないことに気づき、自主的に賃金の引き上げをした。いま政府がやろうとしていることは経営者に気づきを促しているに過ぎないというのだ。

実際、利益をあげればそれで良いわけではないと経営者への声掛けに懸命な経営学者がいる。ハーバード・ビジネススクールで、いま最も人気のある「資本主義を再構築する」という講座をもつレベッカ・ヘンダーソン教授だ。彼女は、最低賃金の引上げは皆でやるのだから怖くないという。そして、いまの社会に求められていることに経営者が気づかなければ、先述のパデューファーマやアップルに出し抜かれて敗退したノキアのようになると警告する。

豊かたるべきアメリカ社会は、所得でいえば平均年収150万ドルの1%が全所得の20%を占め、50%の人が2万ドルに満たない、途方もない格差社会になっている。しかし、年収2万ドルで暮らす1億人に対応する政策を打ち出さなければ、政権党たり得ない。トランプ氏率いる共和党は、彼らの怒りを扇動する形で政権についたが、民主党は、彼らの憤りを政策に変えた。その第一歩が最低賃金の引き上げだ。2020年の平均時給14・76ドルと低賃金で有名なウォルマートの賃金も20%強の上昇になる。年収にすれば、2.5万ドルが3万ドルになり、生活の目途がたつ。この勢いを保つべく、同党は、なお影響力を見せるトランプを見離せないでいる共和党に弾劾裁判で圧力をかけながら、グリーンニューディールでの雇用の拡大を目指す一方、2段階の税制改正、つまり「トランプ減税」の巻き戻し株式売買でのキャピタルゲイン課税の40%への引上げという第1段階と、超リッチ層への資産課税、所得税率の引上げという第2段階とに分け増税を図るのだ。

これに対し、私的医療保険が役立たず、医療アクセスの悪さがコロナ感染を広げたという経験をしながら、国民皆保険への道のりは厳しい。イデオロギー問題にしてしまったからだ。その意味では、オバマケアを解体し大病に罹っても自己破産しないで済むというコンセプトの大病保険のようなものを導入するといった知恵が求められる。

これが上下院ともかろうじて多数の民主党政権の格差是正策である。だが、バイデン政権のアイデンティティ政策には白人男子の反発も強く、経済的処遇の改善だけで簡単に「融和」が進むわけではない。とくに感情のもつれは厄介だ。しかし、気の遠くなるほどに広がった格差社会の改善の第一歩が踏み出され、4年後につなげることになろう。もちろん、バイデン政権には、それ以前に、何としてでもコロナ禍を抑え込み景気回復を軌道に乗せるという課題がある。この課題を突破しなければすべてが絵にかいた餅になる。一方、共和党は、バイデン政権がコロナ対策で大失敗をするといったことがなければ、時間はかかるが、Qアノン信奉者を下院議員に抱え込んだ党の再建へと進む選択をしていくことになろう。つまり、怒りの党を政策の党へと変える選択だ。だが、白人が少数派になるという恐怖が常にあるとすれば、Qアノン的な存在はなお有力な存在でありつづけよう。

髙橋琢磨(元野村総合研究所主席研究員)

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