バイデン政権で問われる韓国外交

1)バイデン政権と外交政策
 バイデン氏は、上院外交委員長やオバマ政権の副大統領を歴任し、実務型の政治家としてよく知られている。その政治哲学は、自由・民主主義、国際協調主義にある。バイデン氏は、すでに地球温暖化を防止するためのパリ協定、イラク核合意、WHO・世界保健機関への復帰の意向を表明している。国際社会でのアメリカの孤立を回避し、指導力・影響力を再び発揮したいという明確な態度表明と見ることができよう。その外交政策の全貌はなお不透明ながら、既存の国際秩序に抗うかのような、アメリカ第一主義を貫いたトランプ政権の政策を大きく軌道修正することとなろう。バイデン政権が発足するのは1月20日となる。激動する国際社会にどう向き合うのだろうか。

2)どうなる朝鮮半島情勢
 アメリカの政権交代は、トランプ大統領の北東アジア政策を一変させるだろう。とりわけ、北朝鮮の非核化交渉の行方が気に掛かる。北朝鮮は3代続く「キム体制」の維持を最優先に、核・ミサイル開発を進めてきた。その戦略は非核化の動きをチラつかせながら、米朝及び南北首脳会談を繰り返して譲歩を引き出そうとしつつ、核・ミサイル開発を続けてきた。3度の米朝交渉でも成果が得られないなか、2020年10月、朝鮮労働党創建75周年を祝う軍事パレードでは、巨大化した新型弾道ミサイル・ICBMや潜水艦発射型ミサイルが登場した。核・ミサイル開発が進展していることの証左と見てよかろう。キム・ジョンウン委員長は、トランプ大統領が大統領選挙の直前に新型コロナウイルスに感染した際、見舞いのメッセージを送っている。キム委員長としては、トランプ大統領の再選を願い、4度目の首脳会談に期待していたに違いない。
 一方、バイデン氏は次期国務長官としてトニー・ブリンケン元国務副長官を指名している。ブリンケン氏は同盟関係を重視し、外交を安全保障のツールとする外交戦略の専門家だ。バイデン政権は、同盟国の韓国や日本と密接に協力しながら北朝鮮に圧力をかけ、非核化に向けた地道な交渉を進めていくと見ることができる。米朝による非核化交渉をめぐって、キム委員長はアメリカ大統領選挙以降、一切沈黙を続けている。米朝交渉の行方は不透明さを強めているように見える。とはいえ、バイデン政権の誕生は北東アジアに新たな時代の到来を予感させる。

3)軋む米韓同盟の行方
  北朝鮮の非核化交渉をめぐって、見逃せないのが韓国の外交姿勢である。その焦点が米韓同盟の行方だ。ムン・ジェイン大統領は、勝利宣言をしたバイデン氏に祝福のメッセージを送っている。ムン大統領は「我々の同盟は強力で、韓米両国間の連帯は非常に強固だ」と述べ、韓米同盟をさらに発展させるべきだと強調したという。現実はどうだろうか。ムン大統領の言う米韓関係とはいささか異なる。ムン政権は経済的に依存度の高い中国に寄り、また、安保では南北融和を掲げて北朝鮮寄りの外交を固持してきた。韓米同盟は不協和音の連続だったと言ってもよい。たとえば、米韓同盟の根幹の一つ「戦時作戦統制権」でも対立を繰り返し、北朝鮮が朝鮮半島を焦土化させる新型ミサイルを披露する今、韓国が北朝鮮に配慮して韓米合同軍事訓練を中止したままとなっている。
 韓国メディアは、軋む米韓同盟をどう論じているのだろうか。保守系紙では、米韓同盟の重要性や日米韓の協力強化の必要性を論じる社説が目立つ。「韓米同盟復元、韓米日協力正常化からまず急ぐべき(朝鮮日報)」、「米国大統領選は韓国に機会、変化をつかんで利用するべき(中央日報)」、「同盟協力重視のバイデン時代、韓日対立を放置してはならない(東亜日報)」など、いずれもムン政権による中国・北朝鮮寄りの外交の弊害を踏まえながら、バイデン政権発足を機に米韓同盟を強化するよう論じている。一方、ムン政権を支持する革新系ハンギョレ新聞の社説「韓米協力で北朝鮮核問題の進展を」は、韓国が主導して米朝を説得し、日中とも協力しながら非核化交渉の環境を整えるべきと説く。また、バイデン政権が韓国の意見を汲み、「北朝鮮核問題の解決と朝鮮半島の平和プロセスの進展に乗り出すことを望む」と期待する。中国・北朝鮮寄りの外交を繰り広げてきながら、アメリカとの同盟を重視すると言う韓国。その当面の課題は、米韓の信頼関係を回復し、軋む同盟関係をどう立て直すかに尽きよう。

4)問われるムン外交
11月24日、バイデン氏は地元デラウェア州で演説し、「米国が世界に戻ってきた」と訴えた。国際協調と同盟国重視の姿勢を自ら訴えたのである。同時に、「世界を主導する準備ができている」とも述べている。国際社会の厳しい現実に照らして言葉の真意を考えると、世界共通の価値観としての、自由・民主主義、法の支配を尊重するとの姿勢を改めて明確にしたものと見るべきであろう。昨今、国際社会は国益最優先の外交戦略が横行し、相互に不信を募らせている。中国で見れば、国際法に照らして各国が批判する南シナ海での海洋進出、人権を厳しく規制する香港の国家安全法の導入問題がある。北朝鮮による国連安保理決議違反なども列挙できよう。日韓の間でも、慰安婦合意の一方的な破棄、日韓請求権協定に背く戦時徴用をめぐる韓国大法院判決など、法の支配が問われるべき問題が重くのしかかる。
 ムン大統領を取り巻く国内環境も厳しい。この1年、ムン政権寄りのソウル市長や釜山市長のセクハラ疑惑、慰安婦支援団体の不正会計処理疑惑、高騰する不動産対策への不満などから、支持率は長期低落傾向にある。さらに重大な問題を孕むのが政府高官や国会議員の不正捜査を管理指揮する「高位公職者犯罪捜査処」の設置を強行採決したこと、政権に関わる疑惑捜査を指揮する検事総長の異例の懲戒処分が覆されて混乱が生じたことなど、民主主義や法治主義を歪めるムン政権の政治姿勢に世論の批判が高まっている。12月に入って、ムン大統領の支持率は就任以来最低の37%台にまで低落した。ムン政権の政治姿勢は今後一層問われることとなる。
 そして、バイデン政権の発足を機に、韓国外交の在りようはアメリカ、中国、北朝鮮に加え、日本をめぐっても厳しい目が注がれることとなろう。
羽太 宣博(元NHK記者)

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