ミニゼミレポート「米大統領選挙をめぐるアメリカ社会の分断」

 2020年12月16日、2020年度4回目のミニゼミがオンラインで開催された。今回のテーマは11月に行われた「米大統領選挙」。ニューヨークを拠点に活躍するジャーナリスト津島恵子氏を招き、現在のアメリカの社会やジャーナリズムの状況を聞いた後、アメリカや日本のメディアの状況について、ジャーナリスト10名、研究所所属の教授3名、学生5名が意見を交わした。

 2020年米大統領選挙は、アメリカ建国史上最高の投票率となり、大きな盛り上がりを見せた。最終的に民主党のバイデン候補が306議席を獲得し勝利を確実にしたが、8100万票を獲得したバイデン氏に対して、トランプ氏は7400万票を獲得し、大接戦の選挙となった。選挙後もアメリカ社会の分断は依然として残り、次期大統領のバイデン氏は二分された国民をまとめられるか否かが大きく注目されている。

 津島氏はバイデン氏勝利の理由として、多くの人種的マイノリティや若者がバイデン氏に投票したことが大きいと分析する。そしてその下地としてBlack Lives Matter(以下BLM)の運動があったという。

 BLM運動とは、黒人への人種差別の撤廃を訴える運動のことであり、2020年5月にアフリカ系アメリカ人であるジョージ・フロイドさんが白人の警察官による暴行で亡くなった事件がきっかけとなって、運動は全米に大きく広がった。

 このBLM運動が人種的マイノリティだけでなく、多くの若者の注目や支持を集めた理由として、InstagramなどのSNSで積極的に情報がシェアされたことにある。デジタル機器に強いミレニアム世代やZ世代の若者たちが、それらの情報を細かに追い、BLMのデモの中心を担ったのだ。

 アメリカ社会に根深く残る人種差別問題は、政治との親和性が高く、今回の選挙での大きな論点にもなった。BLMのデモに参加したことで政治意識が高まった人種的マイノリティや若者が、今のアメリカの状況を打開しようとバイデン氏に票を投じ、結果その票がバイデン氏の勝利に繋がったと言える。

 米大統領選挙に関する話の流れで、ニューヨークタイムズの電子版の購読者数が増えている状況に関しての話も挙がった。紙面の購読者数が100万人であるのに対し、電子版の購読者数は2020年10月に700万人に達した。それまで紙面での購読に躊躇していた若い層や低所得層が、比較的安価な電子版での購読に踏み切った形だ。「アメリカでは『お金を払ってでも質の高い情報を得たい』という情報に対する意識は日本より高いように思う」と津島氏はいう。

 一方で津島氏は、地方での新聞やテレビ運営が苦境に立たされている現実も指摘した。地方ではその地域の情報をメインで伝えるローカルな新聞やテレビ局が一つもない「ニュース砂漠化」が進んでいる。州・地方政府の情報が乏しい状況、例えば住んでいる地域の保安官や裁判官などの公的に働く人たちの情報が乏しい状況というのは、地方政治の形骸化につながる。

 アメリカでは州・地方政府が地元の自治をまとめるが、それらの権力の監視役としてローカルな新聞・テレビ局は重要な役割を担ってきた。そうした監視役が地方から姿を消していっていることは、権力の濫用の危険性があるだけでなく、情報の質という点で地方部と都市部で情報格差が拡大する危険性もあるだろう。また、地方部の新聞やテレビ局が消えていくことは、言論の多様性が失われていくことであり、ジャーナリズムの観点からも危うい状況だ。

 その後、「どのような人たちがトランプ氏を支持しているのか」という議題に移ると、日本でもトランプ氏を支持する人が多く見られることに対し、疑問が投げかけられた。津島氏は「日本では、外国人差別をするような対外排斥主義的な人、またグローバリズムへの嫌悪からアンチ体制の姿勢を持つ人が、トランプ氏を支持しているのではないか」と考察した。

 また、トランプ氏を支持する人とは別に、日本のジャーナリストでも「11月の米大統領選挙には工作があった、実際はトランプ氏が勝利したはずだった」というような陰謀論を主張する人もいるという指摘もあった。

 こうしたアメリカや日本のトランプ氏支持や陰謀論に関して、ある教授は、信じたいものを信じる「ポストトゥルース」が進行し、社会の分断によってメディアが分断し、交わることのない全く異なる「メディア生態系」に人々が棲み分けられてしまっていると指摘した。続けて、中にはお金を儲けるビジネスを主な目的として、誤った情報を発信している「メディア生態系」もあり、その誤った情報を信じたいものとして認識し信じる人が一定数出てきたとき、日本も今のアメリカのような状況に陥るのではないかと教授は話した。

 津島氏はこの意見に賛同した上で「アメリカの都市部と地方部の人々では異なる『メディア生態系』に棲んでいるだろう」と話した。地理的に広大なアメリカではブロードバンドが普及していない地域もあり、質の高いコンテンツを見るのが難しい。都市部と地方部で受け取る情報も大きく異なることから分断はさらに広がり、地方部ではポピュリズム的な傾向が強く、トランプ氏を支持する人が多いという。

 しかし「地方部にトランプ氏の支持者が多いことが問題なのではない」と津島氏は強調した。「彼らはクリントンの時代からの30年続くグローバルな時代に乗り遅れた人々であり、トランプ氏が登場しなければ、サイレントマジョリティであり続けた存在だった」。

 トランプ氏を支持する人は概して、政策に規制が少ないことや増税をしないことなどを評価し、小さな政府を支持している。そして、支持する人たちは今の状況を独立戦争と重ねている面があるのだという。これまでアメリカ社会で憂き目にあってきた人々にとっては、トランプ氏は自由や権利を勝ち取ってくれる、神や英雄に類する人物なのである。

 この話を踏まえた上で、改めて今回の米大統領選挙を振り返ってみると、バイデン氏に投票した人々も、トランプ氏に投票した人々も、それぞれ中身が全く異なる「自由と権利」を求めている。アメリカ社会は今大きく2つに分断されているが、決してアメリカンコミックのようにどちらが正義でどちらが悪か分けられるものではない。双方が自分たちの直面している厳しい現実に対処してくれる候補者を、極めて真剣に選択していたのではないかと思う。しかし、他人の立場に理解を示し対話をする余裕を無くす程度には、それぞれの現実が困難を極めているのは確かだ。

金子茉莉佳(慶應義塾大学法学部政治学科2年)

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