韓国KBSの730日 いつまで続く日本産食品の輸入規制

 韓国のムン・ジェイン大統領は、5月10日、就任から3年目を迎えた。この間、ムン大統領は、「積弊清算」という、過去の「弊害を正す」との姿勢を強めてきた。日韓関係も例外ではない。独自の歴史観に基づき、慰安婦合意を反故にし、旭日旗を忌避し、徴用をめぐる賠償判決や被告企業の資産売却手続きに明確な方針を示さず、歴史認識問題を提起してきた。4月に公表された日本の「外交青書」は、日韓関係を「非常に厳しい状況」と記述している。また、相互の信頼に基づき、「未来志向の新時代へと発展させていく」との文言を削除し、過去最悪の事態にあることを如実に示すものとなった。日韓が抱える昨今の葛藤は、押しなべて国際社会における法と正義に照らし、どう評価すべきかが大きな論点となっている。それを象徴するニュースが4月中旬、ジュネーブから舞い込んできた。原発災害に伴う福島周辺8県の水産物について、韓国が輸入規制を強化した問題で、WTOの紛争処理にあたる上級委員会が韓国勝訴の決定を下したというものだ。国際社会の評価を問う典型的な事案として、日韓の対立をさらに深め、今なお波紋が広がっている。

 その発端は、筆者が韓国KBS・ラジオ国際放送の校閲委員として勤務する2013年9月に遡る。韓国が輸入規制を強化した背景について、当時のKBSニュースは、「原発事故に伴う汚染水への国民の不安が高まっていること」「今後の事態を正確に予測するのが難しいこと」などを挙げている。これに対し、日本はWTOの規則に反する「恣意的又は不当な差別」だと訴えていた。一審の小委員会は、2018年、日本の主張を全面的に認め、韓国が最終審にあたる上級委員会に上訴していたものだ。今回の決定は、国民の根強い不安を背景に韓国が主張する食品の安全基準について十分な議論がなされていないとして、小委員会の判断の一部を覆し、韓国の規制を事実上容認している。一方、上級委員会は、日本が世界で最も厳しい基準で実施する食品の安全性についてのデータを否定せず、韓国の安全基準の整合性を判断するものでもなかった。換言すれば、決定は、食品の安全性に対する具体的な基準について、それぞれの国や地域が自主的に決めるという、検疫に対する「主権」を尊重・追認したものと見ることができる。

 国際的な評価が問われる問題に多々直面する日韓関係にあって、日韓のメディアは、今回のWTOの判断に強い関心を示した。日本の主要各紙の社説やコラムは、日本の敗訴を踏まえ、「安全性の説明を丁寧に(朝日)」「安全性を科学的に訴え続けよ(読売)」と題し、国際社会に粘り強く働きかけるべきと論じている。また、「WTO 一転『玉虫色』判決(日経)」や「何のためのWTOなのか(産経)」のように、小委員会の判断を覆す上級委員会の判断は異例だとして問題点や疑問を投げかけ、改革を求める論調も目立った。一方、韓国メディアは、日本の政府やメディアが日本産食品の安全性が否定されていないこと、WTO改革の必要性を強調していることを取り上げ、「賢明でない日本のWTO不服(中央日報)」「WTO判断に無理難題吹っかける安倍政権(ハンギョレ)」などと批判している。このうち、革新系のハンギョレは、「日本は…世界貿易機構のあら探しに熱を上げている。国際規約を尊重しなければならない国際社会の一員としてありえない態度」などと厳しく論じている。昨今の一連の歴史認識問題をめぐって、日本は「国際法からみてあり得ない」「国際社会の一般原則を無視するもの」として韓国を批判してきた経緯をもつ。今回のWTOの決定は、その日本に対して、韓国が逆に一矢報いるかたちだけに、その意味はとりわけ大きかったに違いない。

 原発災害から8年が経つ。今回のWTO決定直前に、全町避難が続いてきた福島県大熊町の一部で、避難指示が初めて解除されている。対象は町全体の40%、住民では4%だ。福島第一原発3号機の燃料プールでは、核燃料を取り出す作業も始まっている。福島県産農林水産物の放射性物質の検査で、対象の489品目すべての検体が少なくとも4年以上基準値を下回っているという。一方、低レベルの放射線による人体への影響は科学的に未知の世界である。日本産食品の輸入を規制する国・地域は、当初の54から減ったものの、今なお23残っている。原発災害の残した深い爪痕は今も消えようがない。

 今回のWTOの決定は最終審だ。勝訴、敗訴の論調も無理はない。とはいえ、その視点だけでは見えない問題が多々残っていることに留意する必要がある。まず、決定を遵守すべき日本の義務とともに、韓国は強化した基準を維持し続ける説明責任がある。また、国際紛争の解決プロセスや日韓双方の主張を注視すれば、国益を背に主権を行使する国家が交錯する、不条理な国際社会の現実が浮かび上がってくる。6月下旬、大阪で開催されるG20サミットは、37の国や国際機関が参加し、世界経済や金融問題を中心に協議する。議長国の日本は、WTOの紛争処理をめぐる改革問題も提起し、原発災害のその後を世界に発信することとなる。そこで問われるのは、確立した国際社会の法と正義に則し、科学的・論理的に国際世論に訴え続け、日本を理解する味方を増やすという戦略にほかならない。 

羽太 宣博(元NHK記者)

Authors

*

Top