韓国・KBSの730日~日韓の対立をどうやって緩和するの?~

 ハノイの米朝首脳会談が物別れに終わり、北東アジアに波紋を広げている。北朝鮮の非核化と制裁緩和をめぐり、各国の思惑や筋書きが外れたことで、相手の出方を探り合う動きが活発になっているのであろう。米朝ともに対話の姿勢を維持しつつ、北朝鮮は閉鎖予定のミサイル発射場の施設を復旧させ、アメリカをけん制している。会談がうまくいけば、朝鮮半島の「運命の主役」になると意気込んだ南北は、これまでの融和路線もいっきに萎え、不信感も芽生えて足踏み状態に転じた。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求めるアメリカは、制裁緩和と経済協力を優先させる韓国の姿勢には懐疑的だ。4月11日の米韓首脳会談が注目される。日韓はどうだろうか。昨年の夏以降、慰安婦や徴用工などの歴史認識問題に加え、韓国国会議長による天皇への謝罪要求も重なり、険悪この上ない関係が続く。とりわけ、徴用工判決をめぐって、原告が日本企業から相次いで差し押さえた資産を現金化する動きが差し迫っている。これに制裁を課すという日本の論議にも留意する必要がある。日米と米韓同盟を軸に、日米韓が北と対峙してきた。その構図は、今、米韓の「揺らぎ」、日韓の「対立・葛藤」により変容しつつある。
 最悪とも表現される日韓関係にあって、韓国はいわゆる「ツートラック外交」という実利主義を持ち出し、問題解決のための具体策を示そうとしていない。日本はひたすら「遺憾」と「抗議」を繰り返す。ところが、日韓関係が深刻さを増すにつれ、韓国の保守系メディア(日本語版)の論調に変化が出始めている。ムン・ジェイン政権の経済政策を批判してきた朝鮮日報は、外交政策もきびしく批判し始め、日韓関係の修復にも言及する社説・コラムが相次いでいる。2月3日の社説「中国には寛容なのに日本を主敵扱いする韓国政府」、3月3日の寄稿「韓日は運命共同体、対決ではなく協力の道を模索すべき」など、ムン政権の対日姿勢や関係悪化を憂慮している。中央日報も3月21日、「外交葛藤に不買運動まで…反日感情煽動の自制を」と題する社説を掲載し、「日本は過去を直視すべきであり、韓国は親日追及をやめなければいけない。両国はいま北朝鮮の非核化のために力を合わせても足りない状況ではないのか。未来志向的な『実事求是』だけがお互い共生する道だ」と説く。また、1月11日には「韓日間の葛藤、放置すれば衝突コースへ…公共外交で解決を」と題し、早稲田大学韓国学研究所のイ・ジョンウォン所長へのインタビューを伝えている。イ所長は「問題は一日で解決しない。(韓国)政府は相手に立場を説明するパブリックディプロマシー・公共外交(日本では広報文化外交)を強化し、メディアや市民社会も真摯に関係改善を検討する必要がある。このままでは衝突コースに進むしかない」と提言する。葛藤を深める日韓関係にあって、政府同士の交渉が膠着するなか、この広報文化外交が関係修復を図る方策の一つになるのだろうか。
 広報文化外交とは、政府同士が繰り広げる伝統的な外交と違い、対外広報、文化交流、国際放送などによって、国際社会や相手国の世論に働きかけ、信頼・共感を得るための活動である。大戦中からアメリカやイギリスなどが実施し、日本は2004年、外務省に担当部署を設置している。今では中国・韓国も積極的に取り入れている。韓国では、2012年に「公共外交政策課」を発足させ、2016年には公共外交法を施行するなど、韓国からの文化発信やブランド力向上にも力を入れている。その一方、国際世論に訴えるという点で、筆者が想起するのは、韓国KBSの校閲委員としてソウル駐在中の2013年、パク・クネ大統領が繰り広げた外交である。パク大統領は各国首脳と会談するたびに、慰安婦問題に対する韓国の立場を直訴し、日本のメディアが「言いつけ外交」と表現した政策だ。また、徴用工問題をめぐっては、原告側が被告の日本企業に対して協議に応じるよう、国連人権高等弁務官事務所に書簡を送って協力を求め、5月にはスイス・ジュネーブの本部を訪問し、国際社会に訴えるという。世界各地に設置される慰安婦像や今後は世界に拡散させるという徴用工像も、国際世論に働きかける点で、公共外交の一翼を担っている。こうした実相に照らして、日韓が繰り広げる公共外交はどちらが国際世論を勝ち取るかの広報合戦ということになろう。
 広報文化外交の本質は勝ち負けを競うものではない。相手国の主張を言い負かすだけの情報発信だけでは、国際世論の信頼・共感を得ることはできない。国際世論への働きかけは何よりも「事実」に基づき、自らの利益に固守するプロパガンダとは一線を画さなければならない。アメリカの「広報・文化交流庁」の初代長官、ジャーナリストのエドワード・マロ―の言葉「真実こそが最善の宣伝」が重く響く。また、国際社会のルール「法の一般原則」に則し、国際公益をも目指すものでなければならない。日本の立場、歴史、文化、自然をしっかり伝える発信力も問われよう。筆者は、KBSワールドの勤務中、校閲の仕事とは別に、ラジオ国際放送のパーソナリティとして週1回出演し、月に1度、「見た!韓国の素顔」というコーナーを担当した。イ・ミョンバク大統領による竹島上陸をきっかけに日韓関係いっきに悪化するなか、韓国における日韓市民交流の最前線を自ら取材・制作し、その絆の強さ・弱さを確かめるのが目的であった。また、その交流の現場を日本に向けて発信することで、韓国の市民の素顔を紹介し、相互の理解を促進できると思い、自ら提案したものであった。その9回目のテーマは、日韓の市民による文化や芸術、遊びなどで交流する「日韓交流おまつり」だ。日韓がそれぞれ開く「おまつり」は、まさに広報文化外交のモデルと言ってもよい。会場はソウル市内のイベントホールで、700人のボランティアが運営を支え、4万5000人で賑わった。訪れた人たちが星型の紙に願いを書くコーナーを担当するボランティアの女子大生に声を掛けると、「毎年やってくる人が違うのに、願い事はみんな同じなんです。日本の人と仲良くやっていきたいって…。希望が見えてきませんか?」と逆に問われてしまった。その人の名はジン・ユニさん。「今の日韓関係から何が見えますか?」と聞いてみたい。

元NHK記者 羽太 宣博

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