テレビが描き出した報道現場~「さよならテレビ」の上映会

 テレビ業界やテレビ報道の仕事を目指すという学生にとって、「報道現場の本当の実態はどんな風なのだろうか」というのは、一番知りたいことだ。真実に迫るたゆまぬ努力、取材相手への肉薄、報道の使命をめぐる熱い議論、そうした活気にあふれた報道現場を感じさせるドキュメンタリーやテレビドラマを見た人は多いだろう。しかし、今のテレビの報道現場を飾ることなくありのまま、映像で切り取ったドキュメンタリー番組は見たことがあるだろうか。それだけに、そんな番組があれば、ぜひ見たいと思うに違いない。
 東海テレビが制作した「さよならテレビ」という番組がある。自社の報道部の部屋に長期間カメラを入れて、ニュースの取材制作現場のありようを、まさにそのままさらけ出したドキュメンタリーだ。昨年9月に東海地区のローカルだけで放送されたにもかかわらず、この番組を収めたDVDが、他のテレビ関係者の間に広がり、各地で非公式の上映会が密かに催されていたという。
 放送から5か月後の今年1月26日、東京大学情報学環丹羽美之研究室(テレビアーカイブ・プロジェクト)と日本マス・コミュニケ―ション学会(若手ワーキンググループ)の主催により、このテレビの内部を描いた番組の上映会が開催された。主催者によると、一般に向けた上映会はこれが初めて、とのことだった。
 私は、横浜にある公益財団法人放送番組センターで、NHKや民放各社より過去の放送番組を収集、保管し、一般に無料で公開する事業に携わっている。仕事柄、各賞の受賞番組をはじめ、話題を集めた番組や放送の歴史に欠かせない番組に関しての上映会やセミナーがあると、できるだけ足を運んで見るようにしている。番組をより深く知ることは、収集番組の選定のうえで大事なことだからだ。
 今回も、さっそく、上映会場の東京大学本郷キャンパス・石橋信夫記念ホールに行ってみた。当日は、先着順に80人までという制限が設けられていたが、それを上回る来場があり、ホールでは多くの立ち見が出るなど、この番組に対する関心の高さに、まず驚かされた。
 上映時間は77分。東海テレビの報道部に、ディレクターがカメラを持ち込んで取材をしたいと要請するところから番組は始まる。当初は、報道部が取材対象になることへの理解が得られず、2か月後、ようやく条件付きでカメラ取材が許される。人手不足のため制作会社から派遣され1年後の契約更新がならなかった若い記者、社の方針でニュース番組からの降板を告げられるキャスター、ニュースや報道現場のあり方に疑問を抱くベテランの外部スタッフ記者の3人を軸に、東海テレビの報道現場で日々起きていることが、職場内の摩擦や葛藤はむろん、放送や取材でのトラブルやミスも隠すことなく、淡々と描かれていく。
 報道部のデスク会にも、カメラは向けられる。上層部から残業時間を減らすことを迫られた報道部長が、警察への夜回りをしない日を作るように指示する。部下からは、残業はするなという一方で視聴率をあげろというなら、納得できる説明が欲しいとの意見が出て、それにまた、部長が答える。今のテレビの報道現場が抱える苦悩が、会議のやりとりを通じて、くっきりと浮かび上がる。
 上映会終了後は、このドキュメンタリーを制作した東海テレビの土方宏史ディレクターら関係者による討論と会場の参加者との質疑応答が行われた。この中で、土方ディレクターからは、働き方改革と報道の仕事はフィットするのか、テレビ局を構成する社員と外部スタッフの違い、テレビの現場の“そうではない”という現実など、描きたかったいくつかの番組の狙いが説明された。また、放送するにあたって社内では、試写に加えて意見交換会の場も設けて理解を求めたが、「ここまでさらけ出すことに何の意味があるのか。」と、厳しい意見があったことも、率直に語られた。
 参加者からは、「東海テレビだからこそできた番組で、他社ではできない。」「放送まで、よくぞもっていった。」「テレビ界のインサイドストーリーとして、今の現場の状況がよくわかる。」などといった声の一方で、「内部の事情を一般の視聴者に見せることで、何を問いかけたかったのか。」という反応も聞かれた。
 東海テレビは、開局60周年記念で、この番組を世に問うた。「さよならテレビ」というタイトルの“さよなら”は、これまでのテレビの現状に“さよなら”という、テレビ再生の思いもこめられているそうだ。番組の評価については、肯定的な見方から否定的なものまで様々あるようだが、東海テレビが自らの内部に切り込まなかったら、決して映像で出ることのなかった、今のテレビの報道現場のありようは、重い現実だ。これらの問題に、テレビ界はどう立ち向かっていくのか、あらためて考えさせられる上映会だった。
松舘晃(公益財団法人放送番組センター常務理事) 

Authors

*

Top