韓国・KBSの730日  ~日韓関係を壊して、どうなるの?~

 日韓関係は、今、過去にない険悪な局面にある。韓国軍による自衛隊機への「火器管制レーダー」照射問題が事態を悪化させたことは言うまでもない。日本がレーダー照射を受けた当時の動画を公開すると、韓国はレーダー照射を否定し、自衛隊機の飛行は低空で威嚇的だったと反論する。日本が音声データを示して協議を打ち切る意向を伝えると、韓国は低空飛行だとする写真を示し、威嚇飛行への対応マニュアルを作成するという。専門家さえも訝る韓国の対応は、友好国であるはずの日本を「敵国」扱いするかのようにも見える。昨年の秋以降、日韓の間では、国際観艦式での旭日旗の排斥、韓国国会議員の竹島(韓国の独島)上陸、徴用をめぐる大法院判決、慰安婦合意に基づく「和解・癒やし財団」の解散など、歴史認識問題が次々に提起されてきた。とりわけ、徴用の大法院判決は日韓関係の礎ともなった日韓基本条約に背く国際法違反として、日韓関係を根っこから揺さぶっている。レーダー照射問題と一連の歴史認識問題。これをどう捉え、関連づけるのか。ムン大統領の演説や会見などから、その手がかりをさぐってみたい。
 1月10日、ムン大統領が行った年頭記者会見は、その外交政策や歴史認識を端的に示すものとなった。ムン大統領は、まず、北朝鮮の非核化への取り組みに理解と支持を表明した。また、3度の南北首脳会談を踏まえ、「われわれは朝鮮半島問題の主役となり、自らの運命を主導した」と述べ、南北関係が劇的に改善したことを強調する。加えて、2018年9月の首脳会談で合意した、南北の鉄道・道路の連結、開城(ケソン)工業団地の再開などに向けた動きを歓迎し、経済協力をさらに進める考えを示した。一方、戦時徴用の大法院判決についての質問を受けると、「韓国が作り出した問題ではなく、不幸な歴史によって作られたもの」と述べ、「日韓基本条約ですべてが解決されたわけではなく、日本はそれに対してもう少し謙虚になるべき」と答えている。総じて、ムン大統領は南北の融和路線を継続しつつ、朝鮮戦争の終結と南北統一を目指し、北東アジアの平和を築く強い意思を示したと言えよう。一方、歴史認識問題では、日韓基本条約の問題点を指摘し、徴用問題に取り組むとの姿勢を明確にしている。日本の植民地支配そのものが不法との歴史観に基づくものであり、一連の歴史認識問題を提起する背景にもなっている。
 こうしたムン大統領の外交政策や歴史認識は、大統領に就任する前からのものである。2017年5月の大統領就任演説、日本の支配から解放された8月15日の「光復節」演説、就任100日目の会見、独立運動の記念日である3月1日の「三一節」演説、南北首脳会談の共同宣言など、すべてが今年の年頭記者会見に通じている。外交政策では、2017年の「光復節」演説が象徴的であった。ムン大統領は、北朝鮮の核問題を平和的に解決しなければならず、北朝鮮の崩壊は望んでいないとし、「統一は民族共同体のすべての構成員が合意する『平和的、民主的』な方式で成し遂げなければなりません」と述べている。ムン大統領は、同一民族の平和統一を成し遂げるとの強い意志を示したもので、ピョンチャン冬季オリンピックをきっかけにした南北融和の動きにも符合している。歴史認識問題にあっても、妥協することのないムン大統領の姿勢が伺える。2018年の「三一節」演説では、慰安婦や徴用の問題を念頭に「戦争の時期にあった人権犯罪行為は終わったという言葉で蓋をされるものではない。不幸な歴史であるほどその歴史を記憶し、その歴史から学ぶことだけが真の解決だ」と述べている。ムン大統領が弁護士時代から培った人権・歴史認識が改めて明確になったとも言えよう。
 北東アジアでは、今、構造的な変化が急激に進む。北朝鮮に経済制裁を課しつつ、完全な非核化を求める日米韓に対して、北朝鮮が中国・ロシアとともに向き合う従来の構図が一変した。この1年、米朝、日米、南北、中朝など関係各国の首脳会談が相次いだ。また、歴史認識問題で日韓関係が悪化し、日米韓の枠組み自体も揺れ動く。南北融和を強める韓国が北朝鮮の思惑と相まって、日米から一歩離れる構図も否めない。EUからのイギリス離脱を表す「ブレグジット」に倣い、「コレグジット」の言葉がアメリカの朝鮮半島専門家の間で聞かれるという。一方、北東アジア情勢が変動するなかで、見逃せないことがある。ムン大統領の外交政策と歴史認識が連鎖する動きを強めている点を注意深く見守る必要がある。大統領就任から3か月、2017年の光復節演説で、ムン大統領は徴用問題について、「日帝強占期における強制動員の苦しみ」と表現し、「政府と民間が協力し、残らず解決しなければなりません」「今後南北関係が解決すれば、南北が共同で強制動員被害の実態調査を行うことも検討される」と述べている。また、2018年9月の首脳会談でのピョンヤン宣言は、今年3月1日に100年を迎える「三一節」について、南北がソウルで共同の記念行事を開くことを明記している。大規模な行事が予定され、キム・ジョンウン委員長がソウルを訪問するとの可能性もあり、今年の「三一節」は目が離せないものとなろう。一般に、外交政策であれ歴史認識であれ、相互に無縁とはいかない。パク・クネ前大統領が慰安婦問題とからめて対日外交を進めたように、双方を関連づける戦略は理解できる。とはいえ、日本の支配からの独立運動を記念する「三一節」に、南北が一体となって初めての記念行事を繰り広げ、朝鮮半島の徴用の実態を共同で調査するとなれば、外交政策と歴史認識の連鎖という一線をはるかに越える。韓国メディアの表現を借りれば、ムン大統領が北朝鮮と手を結び、日本に対する「歴史戦」を新たに仕掛けていると見るべきなのかもしれない。
 修復の兆しのない日韓関係について、日韓のメディアは双方の立場・言い分を連日伝えている。ところが、昨今、現状の打開を強く求める、韓国保守系紙の社説・コラムが目立つようになった。中央日報は「八方塞がりの韓日関係、手を引く韓国外交(1月31日)」と題し、「韓日はこれ(歴史問題)を癒やして歴史を発展させるべき義務がある。今後、北朝鮮核・ミサイルの脅威に両国が共同で対処しなければならない・・・柔軟かつ大局的な外交戦略を期待したい」と論じている。その一方、韓国の知人から届いた今年の新年メールの一節は、次のように綴られていた。「限られた中でも日本のニュースをチェックしていますが、日韓関係に対する日本社会の過剰反応と独善的な雰囲気が気になります」と。日本の政治、社会を気に留める知人のメールに、日韓の意識の隔たりとともに、歴史認識の奥深さを感じる新年となった。日韓関係を壊して、どうなるのか。北東アジア情勢をしっかり踏まえたメディアの報道姿勢が問われていると思った。
羽太 宣博(元NHK記者)

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