アムステルダム便り ヴィーガン(完全菜食主義者)が批判する和食

 慶應義塾大学から昨年8月より1年間、オランダ・アムステルダム大学へ交換留学で派遣されています。
 オランダ人にとっては「当たり前」の国民文化に疑問を投げかけ、その背景を探っていきたいと思います。

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 オランダのレストランには、必ず「裏メニュー」がある。
 先日、オランダの政治的首都とも言える南西部デン・ハーグを訪れた際に、食費が高いオランダにしては珍しくリーズナブルな居酒屋を見つけた。
 入店し、早速「ビッグ・バーガー」を注文。10分後、卓上に出されたバーガーの想像を上回る大きさに、文字通り顎が外れそうになった。目を引いたのはバンズから溢れんばかりの野菜だ。ナスやポブラノ(辛さが控えめなトウガラシ)は素揚げしてあるようだ。ベーコンやパティ(ハンバーグ)も「ビッグ」の域を超えている。これが10ユーロ(約1250円)とは安い。無論、オランダにしては、だ。
 しかし、一口かぶりついて違和感を覚えた。美味しいのだが、イメージしていた「バーガー」とは何か違う。メニューを今一度見直すと、具材に「facon(フェーコン)」と書かれている。そんな名前の食べ物は聞いたことがない。
 おそるおそる店員に尋ねてみると、「facon」は「fake bacon(フェイク・ベーコン)」の略称だという。ついにオランダ政治の中枢までもが米ホワイトハウスのトレンドに便乗し始めたのか。そこまで言いかけた時、店員がメニュー上部の文字を指差した。
 〈Vegan Menu(ヴィーガン・メニュー)〉
 ヴィーガンとは、肉や魚を食べない「ベジタリアン」であることに加え、酪農品をはじめ動物製品の一切を受け付けない「完全菜食主義者」のことだ。筆者が注文の際に見ていたのは、どうやら通常メニューとは別に用意された、ヴィーガン仕様の「裏メニュー」だったらしい。バーガーのパティは玉ねぎとマッシュルームから、「フェーコン」は何と豆腐から作られ、味噌で色付けしてあるそうだ。精巧な見た目にすっかり騙されてしまった。
 オランダでは、肉を提供する店であっても必ず「ヴィーガン・メニュー」が用意されているのだ。
 実は、アムステルダム大学の同級生にもヴィーガンが多くいる。それも宗教、アレルギーや乳糖不耐症が理由ではなく、大半が「ヴィーガンに転向した人たち」だ。
 詳しく話を聞くと、環境への配慮から植物由来の製品だけを消費する生活に切り替えたという。ヴィーガンは食に限らず、革製品を使用しないなど、普段の生活でもその様式は一貫している。
 オランダは自転車大国であることに加え、国民の環境問題に対する関心が非常に高い。同じパリ協定の加盟国でありながら、日本では問題意識の共有が希薄と言わざるを得ない。
 さらに、友人のヴィーガンの一人からは衝撃的な言葉をかけられた。
 「ここ最近だと、環境破壊に拍車をかけているのは日本じゃないか」
 確かに日本の食文化に対して、国際社会の風当たりが強まっているとは感じていた。日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退と商業捕鯨の再開を表明したことは、オランダでもメディアが積極的に報じた。日本人として意見を求められることもある。
 しかし、友人の言う「環境破壊」が意味するところは、捕鯨問題とは別にあったようだ。
 先月、東京・豊洲市場の初競りで、クロマグロが史上最高の3億3360万円で落札されたというニュースがあった。
 この一報に対して、日本では「ご祝儀価格もたまにはいい」だとか、「相場が高騰する」といった賛否両論が巻き起こったことは耳にしている。国内の報道を概観すると、その破格の落札価格ばかりが強調されていた印象を受ける。「宣伝効果を考えれば、必ずしも高くはない」とまで書いた新聞社もあった。
 ところが、オランダの経済紙「NRC」の翌日の見出しはこうだ。
 『絶滅危惧のクロマグロ 東京で2.7百万ユーロで落札』
 記事の論点は言うまでもなく、太平洋クロマグロの乱獲による減少だ。そもそも数が減っているから価格が高騰しているというのに、日本では一体いくつのメディアがこの視点から報じただろうか。
 IWC脱退の公表も相まって、欧米では「日本が生態系の多様性を破壊している」との非難の声が上がっている。それに対して、「自国の価値観を他国に押し付けるべきでない」という反論は的外れだ。ヴィーガンの友人が問題視しているのは、日本が「捕鯨、クロマグロ漁を行っていること」ではなく、「食肉の消費を拡大しようとしていること」なのだ。
 6年前に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された際、日本政府の提案理由の一つが「自然の尊重」だった。ヴィーガンが聞けば笑止千万だろう。かくいう筆者も近々、同じ寮に住む学生に寿司を振る舞う約束をしている。だが、これが「和食」だ、「日本人の精神」だなんて、オランダ人の前では恥ずかしくて言えない。
広瀬航太郎(慶應義塾大学法学部政治学科3年)

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