「石巻の伊達ちゃん」ブーム ―SNSと被災地―

 私の通う石巻市北部・大川地区の漁村が最近ある話題に沸いている。テレビ番組収録をきっかけに、牡蛎養殖を営む漁師、坂下隆さん(48)が人気お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさん(44)と似ているとソーシャルメディアで話題となり、テレビやネットメディアの取材が押し寄せた。番組放送翌日の11月24日には坂下さんに会いに遠方から訪れる若者もあった。被災地に突然起こった「石巻の伊達ちゃん」ブームは、復興にどのような影響を及ぼすのだろうか。
 ブームの発端は11月7日に行われた東北放送「ぼんやり~ぬTV」の収録。番組MCを務めるサンドウィッチマンの二人が坂下さんの漁場・長面浦を訪れた。その夜、伊達さんの相方、富澤たけしさんが自身のブログに「数年前からラジオやブログに宮城県内での伊達さん目撃情報が寄せられていたが〝犯人〟を発見した」と二人の写真入りの記事をアップロードした。翌日には伊達さんも「ドッペルゲンガーかと思う程激似!」とブログを更新し、二人の写真を転載した一般ユーザーのツイートが20万リツイートされるなど、話題となった。
 反響は12日に日本テレビ、13日にはNHKの朝のニュースで紹介され、14日にはAbemaTVが昼のニュースで現地から中継、同日夕方にはフジテレビ、18日にはTBSの情報番組も本人のインタビューつきで現象を伝えた。「ぼんやり~ぬTV」自体はローカル番組だが、SNS上には坂下さんの朴訥とした語りへの反響や、白いオープンカーに乗った坂下さんの目撃情報が次々と上がり、全国に拡がった。地域の漁師らが地域活動のために設立した「一般社団法人長面浦海人」が運営する「はまなすカフェ」のフェイスブックページが、24日に坂下さんが番組でつくったものと同じ牡蛎パスタを限定10食提供すると伝えたところ、遠くは愛知県から若者が訪問した。26日にツイッター上に投稿された坂下さんの似顔絵入りの漫画は現時点で1万リツイートされている。
 こうした状況は、地元では基本的に微笑ましい話題として捉えられている。一方、SNSと縁遠い世代からは「なぜそんなに話題になるのか」という戸惑いも聞こえる。背景には、長面地区にこれだけの取材が集中することはなかったという現実がある。
長面浦は児童・職員84人が犠牲となった石巻市立大川小学校の校区にあり、東日本大震災により住民693人のうち115人が命を落とした。一帯は災害危険区域(住めない場所)に指定され、住民は約20km内陸の造成地へ移転している。海辺では高さ8メートルの防潮堤や橋梁の工事が行われ、平日は大型ダンプカーが絶え間なく通っている。一方で生活道路は舗装されず、漁港の復旧も進んでいない。約3キロ手前の大川小までは多数の見学者が訪れるが、長面浦まで来るのは工事関係者と漁業者くらいにとどまる。
坂下さん自身も震災後、勤務していた一部上場企業が工場のラインを縮小するのに伴い遠隔地への配転を言い渡された。前後して長年漁協の組合長を務めた父・健さんが入院したことから、紆余曲折を経て2014年に漁師になることを決意した。10歳年下の漁師、小川英樹さんに支えられながら、牡蛎筏を被災前の5台から8台に増やし、最近やっと軌道に乗り始めたところだ。11月初めNHK仙台の番組「被災地の声」に出演した坂下さんは「漁師がいなくなって、人が通わなくなったら、ここには年に1回、お墓に来るだけになっちゃうよね。30年後のこととか考えても気が遠くなっちゃうんで、5年頑張って、5年後生きていたら、また5年後……そんな感じですよ」と語っている。「住めないふるさと」で操業を続ける30代、40代の漁師にかかる期待は大きい。
東北放送の番組はそうした背景も比較的ていねいに拾った。一方、SNSとその反響を追う情報番組では、伊達さんがブログで用いた「ドッペルゲンガー」という言葉や「そっくりさん」としての一面が強調され、二人が並んだ写真と竜の刺繍が入ったジャンパー姿の坂下さんが白いオープンカーに乗る姿が繰り返し流される。インパクトの強いメッセージを背景から切り取り拡散するSNSの特性が、そこにはある。
それでも坂下さんの話題は、周囲では微笑みをもって受けとめられている。24日に坂下さんが「はまなすカフェ」で特性パスタを振る舞った際は、懇意の人たちが集まり、小川さんが牡蛎やカニを差し入れ、来訪者との和やかな交流の時間が流れた。これをきっかけに地域に関心をもってもらい交流人口拡大につながればという期待も見える。
集団移転にともなう地域社会再編、人口減少、高齢化……被災8年目の被災地は複雑な課題を多数抱えている。「石巻の伊達ちゃん」ブームが現状に風穴を開け復興に寄与できるかどうかは、SNSで興味を持った人々をリアルな課題にどれだけ引き込めるかではないだろうか。今後の動きに注目したい。
中島みゆき(新聞記者、東京大学大学院学際情報学府博士後期課程)

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