児童虐待と児童相談所をめぐる報道

 7月11日、2018年度第二回の綱町三田会ミニゼミが慶應義塾大学三田キャンパスにて開催された。研究所のOB・OGであるジャーナリストと研究所の教授、研究生である現役学生が参加した。今回のテーマは「児童虐待と児童相談所をめぐる報道」。学生側による、最近の虐待事件の報告から議論を開始した。

 児童相談所に非難を集中させる報道が多くみられる。しかし、そもそもどうして虐待が起きるのか、起きた場合どうするのか議論を喚起する必要がある。例えば、2018年3月2日に起きた目黒女児虐待事件の報道では、児童相談所の引継ぎに焦点があてられた。2018年被害者と両親は香川県から目黒区に引っ越した。両親は香川県に住んでいるときに、二度書類送検され、指導措置を受けた。その事実が、目黒区に引き継がれなかったのではないかと問題視されたのだ。しかし、実際には引継ぎはしっかりと行われていた。

 ここで問題なのは、二度書類送検を受けたのにもかかわらず、不起訴になったのか。また、児童相談所も虐待の事実を分かっていたのに、なぜ今回の事件が止められなかったのかということである。児童虐待事件は、何度も繰り返されてきた。なぜ未然に防げないのだろうか。

 やはり一番の要因として挙げられるのは、どこまで第三者が家族の問題に口を出してよいのかが明確でないことだろう。親と子供の関係は、なるべく切るべきでないという考えが根底に流れている。たとえ、虐待が発覚して、児童相談所が保護したとしても、それは一時的である。基本的に一定期間保護をしたら親の元に戻すことになっている。また、児童相談所も人手不足のため、児童を長期間保護するのが難しい。

 では、新聞の児童虐待に対する報道姿勢はどうだろうか。先ほどの目黒女児虐待事件の例では、報道の遅さが目立った。事件は2018年3月2日に起きた。それにもかかわらず、このことが報道されたのは、約3か月後の6月28日だ。なぜ三か月も経ってから報道されたのか。それは、女児が書いた日記の内容が発見されたからである。日記からは、虐待に苦しむ女児の様子がうかがえる。読者や視聴者もこの日記を見て、今回の事件に関心を持ったといえる。新聞は誌面が限られているため、報道するニュースを選択している。世間の関心度によって、ニュースの価値が左右されてしまうことが、今回の事件で浮き彫りになった。

 同時に、報道によってニュースのフレーミングが行われる。虐待事件であれば、「虐待する親が悪い」という世論が形成される。しかし、事件の本質はもっと根深いところにある。なぜ親が虐待したのかが問題である。親を取り巻く貧困問題や子育ての環境に問題はなかったのか、もっと社会全体の広い視点から事件を眺める必要がある。

 一方で、報道によるいい影響もある。児童相談所に報告された児童虐待件数は、年々増加している。平成28年には過去最高の12万件が報告された。これは、実際の児童虐待件数が増加したからではないだろう。虐待事件が報道されることで、虐待に対して周りが注意するようになった。だから報告件数が増加したとも考えられる。

 最近『万引き家族』という映画が放映された。血のつながりだけが家族といえるのだろうか。たとえ自分のことを大切にしてくれない親であっても、子供は親と一緒に暮らしたほうが幸せなのだろうか。確かに、第三者が家族のことに口を出すのはためらわれるかもしれない。しかし、虐待が起きている家族を孤立させるのではなく、もっと貧困や女性の社会進出など、社会問題や社会状況と関連させて解決を図るべきだ。

小林桃子(慶應義塾大学文学部3年)

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