オウム死刑執行 私にとって「事件の風化」は決してない

 ついに死刑が執行された。2018年7月6日に、教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫、早川紀代秀、井上嘉浩、新実智光、土谷正実、中川智正、遠藤誠一の7人が、26日に、岡崎一明、横山真人、端本悟、林泰男、 広瀬健一、豊田亨の6人が処刑された。オウム真理教による数々の事件で、最後の被告人、高橋克也の上告が棄却され、無期懲役が確定してから6ヶ月後になる。
 7月6日朝、執行はテレビに映し出されたテロップで知った。その後、法務省刑事局から電話があり、執行された死刑囚の名前を告げられた。すぐに、代理人の中村裕二弁護士に電話をして、記者会見を午前11時にすることが決まった。
 松本の死刑は当然と思っていた。なんの感慨もなく事務的に受け取ったので、会見では「なにも気持ちの変化はないし、涙もない」と発言した。確定してから12年近く経過し、なにを今さら心動かされることがあろうか。
 記者会見では質疑応答になって、20年来取材を受けている女性記者Kさんが「事件を知らない人が多くなっている現在、どうして気持ちの変化がないのかを説明をした方が…」と言った。
そうだ、そうだった。被害者側のことはたくさん言いたいけど、加害者側のことになるとどうも口ごもってしまう。
 男性記者からは「死刑で風化が懸念されるが、どう思っているか」というような質問があった。私は、素っ気なく「わかりません」と答えた。
次の記者には「若い人たちにどう伝えていくのか」と聞かれ、「講演とかで伝えていきたい」と言ったが、前の質問の「風化」という言葉が、ノドに刺さった骨のように気になっていた。その不快感が、急に口を突いて出た。
 「風化って言われると、私はものすごく拒否反応があります。私自身は風化ということは決して無いので、風化が私以外のところでどういう形で有るのか、私にはわからないことです」
 「だんだん事件のニュースが少なくなって、人々の思い出す機会が少なくなるということは仕方がないことだと思うんですね。犠牲になった者、人生を狂わされた者としては、また繰り返されたらいけないという思いがあるので、啓発として報道があったり、テロ対策が進んだりとか、そういうところで活かされていけば、風化では無いと思っています」
 感情的になってしまったのも、近ごろ取材を受けるたびに「風化」と言われていたからだった。
地下鉄サリン事件から23年の間、被害者や遺族はその立場での権利の無さに驚き、テロ事件の被害者への補償が無いことにも嘆き、その権利獲得、被害回復のために活動してきた。
 今回、法務省から直接、電話で死刑執行の通知を受けられたのも、2012年から法務省に出していた死刑執行に関する要望のひとつだった。毎年3月に年次集会を開催しているのも、事件を伝えていきたいと思うがゆえだ。苦労しながら、企画をあれこれ考え実行しているが、事件を知らない世代の人たちに、オウム真理教が行ってきたこと、地下鉄サリン事件の被害の甚大さ、オウムの後継団体の巧みな信者獲得の手口などを知ってほしい、自分にも起こるかもしれないという意識をもってほしいと願う一心で準備している。
 今年は、一方的に講演を聴くだけではなく、グループに分かれて感想や意見をシェアする時間を設けた。アンケートに「来年も参加したい」と書いてあったりすると、それがまた次への励みになっている。
 そして「オウム真理教犯罪被害者支援機構」の弁護士たちは、民事訴訟やオウムの破産事件が終結した現在でも、オウムの後継団体に賠償責任を果たさせ、被害者救済を完遂させようと尽力いただいている。こうした被害者支援の弁護団に、被害者、遺族も協力して、前例のないテロ事件の被害回復のために「オウム真理教事件」と対峙し続けている。
 13人全員の死刑が執行されたことで、「真相が明らかになっていない」とか、「真実語らぬまま」などと言われることが多い。「生きて償わせるべきだった」という人もいれば、「オウム事件が終わったわけではない」という声もある。人の受け止め方はそれぞれだから、いろいろな意見があるのは当然だ。しかし、それがどうして死刑が執行されたと聞いたとたんに沸き上がるのか、私には不思議でならない。
 長期に亘るオウム裁判の反省からできた裁判員裁判だが、死刑に関しては裁判員も関心が高い。なかには、1審判決を気にして控訴審を傍聴する人もいる。
 日本弁護士連合会は、今回の死刑執行に抗議し、2020年までに死刑を廃止するよう求めた。
しかし、世界の潮流だとか、犯罪抑止にならないとか、冤罪の危険とかを叫ぶだけで、遺族の私には結論の押しつけのように感じる。死刑について、多くの人々が考え自分の意見を言えるよう、具体的な情報提供や、穏やかな議論の場作りなどが必要だと思う。メディアには「事件の風化」の心配をするよりも、13人の死刑執行を契機に、死刑存否はもとより、テロ防止やカルト対策、若者たちへの啓発方法など、再発防止に有用な、将来の遺産となるべき教訓をみつけてほしい。
高橋シズヱ(「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人)
【一部呼称略】

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